人の思いが世界をつくる

心底自分と人を信じ

望む世界をつくります

美保です


今日は(もう昨日かー)

とてもとても寒かったー。

なんと雪が降ってた。

春分の日の翌日が雪⛄

すごいなぁ。


そんなことを思ってたら

まだ若いとき(20代前半?)

4月に雪が降ったことを

思い出した。


母が入院していた時で

その病院で雪を見たんじゃ

なかったかな?


最近思うのは、記憶って

曖昧でおぼろげだなということ。

なんだか事実がぼやけてるけど、

自分にとって印象的なことは

断片的に覚えてたりする。


実際に起きた事実と

自分の体験としての事実に

ずれがあるのは、記憶には

自分の主観があるから

なんじゃないかな。


子どもの時、私は泣くと

母に怒られたと記憶してる。

「そんなことで泣かないの」

とかね。だから

泣くことは悪いこと

みたいに思っていたのね。


ここだけ見ると、泣くことを

禁止された!って感じ。


でもね、子どもの頃の話を

母がしてくれて

美保は、よく泣いて帰ってくる

から、お布団のなかで

沢山お話をしたよ。。。

と聞いた。


え?

全然覚えていない。

うっすらとさえ覚えがない。

言われても思い出せない。


「子どもの話を丁寧に聴く」

これね、今、私が大事に

してること。

自分もしてもらってたんだな。


それから「泣かないの」

って言われたと思うけど

怒られた訳ではなかったのかも。

それか、怒られたかも

しれないけど、だからと言って

否定された訳じゃない。


泣く自分を否定したのは

私なんだよね。


心理学なのかな?

心のことを学ぶと

「母親との関係」って

人格形成とか、人生に

大きな影響があるって

わかってくる。


でもさ、こんなふうに

記憶だけだと

スコーンと抜け落ちてる

事実があったりして

自分の思い込みが強いんだな

。。。と、実感、体感。


私は有難いことに

生きている母から

当時の事実と母の思いを

聞くことが出来る。

しかも、母のすごいところは

「そんなつもりで言ってない!」

とか、「禁止なんてしてないよ!」

とか、反撃?みたいなことを

する訳でもないし、

布団の中で沢山お話をした

事を私がまるっきり覚えてなくても

それに対しての否定とか

一切ないんだよね。


例えば私が、同じように

むすび(中1娘)に

されたら、悲しい虚しい

からの怒りになり、

被害者意識全開アピール

するかもしれない。

「怒ったかもしれないけど、

その後、いっぱい話したじゃん」

とかね。

そして、全然覚えてないなんて

ひどい!とかさー。


でも母は

「すっかり忘れてるんだねー」

くらいの軽い感じで

私を責める雰囲気すらゼロ。


包容力って

こういうことなのかもなぁ。


そして、自分の中に

否定があると、被害者意識が

育っていき、受け取れなく

なるものがあるのかもしれない。


自己否定する自分のことが

嫌いだったけど、

否定を選んで取り入れたのも

自分だったんだなー。


自己否定は苦しいから

しないほうがいいと思う。

でもね、これはこれで

自己防御だったんだな

。。。とか思う今日この頃。


でもね、本当は

世界は優しいんだよね。

本当はね、無条件の愛って

自分の中にも外にも

いっぱいあるみたい。


見たいものを見る。

選びたいものを選ぶ。


だったら

否定を選ぶのはやめよう。




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