個人的な日記帳ですので、将来、振り返ったとき用に覚書として………。


昨年大晦日の12月31日。

ねーさん(と月城かなとさん)のお誕生日ですウインク

私と、帰省中のにーさんは私の実家で年越し。

珍しく紅白を見て過ごしました。

ねーさんはサークル友達とカウントダウン。

30年前は私も南港とかでカウントダウンして住吉大社にお参りしてから帰ったりしたなぁ。笑


明けて2024年の元旦。

実家で迎える新年。

お昼過ぎにねーさんと旦那も合流。

おせちをつついて過ごす。



父が亡くなってから、おせちは買うようになりました。

けど………

来年はそろそろ自分で作るか……とも思う。

いろいろあって楽しいけど、もう少し小ぶりのオードブルだけ買って、自分の食べたいものは作る方向にしようかなてへぺろ


とか何とか考えてたら………

地震が。

阪神大震災を神戸で経験した旦那がいち早く気づいて、即テレビを付けて情報収集を始め、

その迅速な動きが流石だと思った。

東日本の震災のときも、高槻の地震の時も……

そこそこ体に感じる大きめの地震のとき、旦那の動きは非常に無駄がない。


にーさんも「お!」と気づいた。

メニエル持ちの私とねーさん、そしてとっても鈍感な母は気づかず(宝塚は震度3でしたタラー)

動物的な勘がどうも乏しいらしいアンナちゃんも……

「なぁに?何かありましたの?」


ですが……

にーさんの下宿先は富山市内のボロアパートなので………

それなりに気になるところ。

当の本人は家のことより大学に置いたままの楽器が気になるらしいタラー


元旦翌日の2日。

ひとまずアパートはボロでも鉄筋ですし、富山市内なのでおそらく大丈夫……。

でも部屋の中は……何とも……タラー

そもそも地震の前からぐちゃぐちゃだから、被害が出ててもよく分からないのではないか?と、おかんは思うショボーン

結局、遠く離れた関西でジタバタしたところで仕方がない……というわけで、

2日は例年通り旦那実家のお食事会へ。


こちらは昼の部。笑
夜の部は………嫁、すっかり疲れて写真まったく無し笑い泣き
京都までの往復をにーさんが運転してくれました。
義母の老いが切ないような……でも思っていたよりは元気そうで安心。
旦那の空気の読めなさ度合にイライラしたえー
どこもそうなのかなぁ……。

昼の部の途中で、羽田空港の、旅客機と海上保安庁の飛行機の衝突事故のニュースを知る。
支援物資を届ける途中だったそうで………
何だか言葉になりません。

ざわざわした気持ちのままではありましたが、翌日3日。
こちらも例年通りに私の実家で過ごす「鍋」
今年はすき焼き。
ここでもやはり空気の読めない旦那にイライラする。
毎年文句言ってる気がするわ、ホンマえー
頼むから自分の鍋の価値観を人に押し付けるのと、
ボケもツッコミもせず、笑えるポイントが全く無いしょーもない会話力を今すぐ改善してくれ(←この感覚がそもそもおかしいという説もありてへぺろ)。

そして、予定を早めて1日早くにーさんが富山へ帰って行きました。
キーボードが倒れていないことを祈ります………が……まぁ多分絶望的やろなえーん
私はひとまず様子を見て、週末ぐらいに片付けの手伝いに行く…かもしれません。

にーさんが帰省して来るたびに思うことは、
いろいろ揉まれて幅のある人間になっているなぁということ。
夢を追いつつ、でもそれなりに現実も見て
バランスよく暮らしているように見えます。
学生生活はまだもうしばらく続くようですが笑い泣き

辰年。2024年(令和6年)。
母の健康と、家族の幸せ、そして大切な「あなた」の幸せを祈って、
私自身はしなやかさを忘れずに強く生きていきたいと思います。
大好きな観劇の予定はまだまだ先ですが、ささやかな楽しみを見つけながら自分らしく日々を過ごせたらいいな。


今年もよろしくお願い致します。