2014年6月、母が脳梗塞で倒れました。
救急搬送され、死なないで…と願いながら
見舞いの帰り道、車中で泣きました。
大声を上げて…
『お母さん、いやだよぉ』って。
左半身が自力で動かせなくなった母。
退院後(11月)、介護保険サービスを
利用しながら父一人で1ヶ月在宅介護。
その間、デイサービス2つを週5日利用。
朝夕ヘルパーを入れて、休日は自費で。
どれくらいのペースだったか
月1だったかな?訪問看護も。
福祉用具は車椅子と、ベッド用テーブル
スロープを2ヶ所だったかな。
ショートステイも挟むと
介護保険の限度額オーバーしてしまうので
休日のヘルパー同様
介護用ベッドも自費で。
この介護用ベッド🛏
運が良ければ無償もしくは数百円で
レンタル出来るんだけど
残念ながら運良く無くて
月2千円でのレンタルでした
母が倒れて最初のお正月🎍
この時、12月は老健に短期入所中でした。
あの施設で母が『帰りたい』と
うなだれた姿。
会いに行くと、幻覚や幻聴で
おかしな事を言っていたのを思い出します。
そして5年前、初めてのお正月を
現在高2の姪っ子→小6
中3の娘→小4、娘の1つ下の甥っ子
みんな、まだ幼い
孫たちは自ら
『こんなに、じいちゃん、ばあちゃんを
好きな孫はいない』と豪語するくらい
ジジババが大好き
この時には居ないけど
もう1人の甥っ子と
男の子2人がとっても優しくて(T ^ T)
あれから5年経った現在
2人とも私よりも背が伸びて
相変わらず優しくて
良い男になってるんだぁ
母も肩を並べて歩きたかっただろうな…
この最初のお正月の頃はまだ良かった。
12月から、暖かくなる春まで
短期入所を延長したのは
自宅での生活よりもあらゆる面で
安全だと考えての事だったけれど
それが母の精神的な部分を
かなり落ち込ませてしまう
最初のキッカケにしてしまったと思います。
その後、11月同様
介護保険サービスを利用しながら
ショートステイを併用して
在宅介護を始めたけれど
デイサービスの送迎中に
車椅子からの転落事故…
そう、あれは事故です
この事故以降、母の状態は心身共
どんどんレベル低下していきました。
そしてショートステイから
そのまま老健入所。
入所後、自宅に1泊又は2泊で
帰宅予定するも、不穏が激しくて
帰宅する度に救急搬送🚑
母の帰宅は、外泊ではなく
外出のみとなりました…
また、年末年始は施設でインフルエンザや
感染症予防のため面会規制があったりで
外出での帰宅も控えた年もありました。
そうやって、お正月も施設で過ごした母。
年の暮れに…年明けに…
子供たちと面会に行きました。
年末といっても、12月24日に残した記録。
あまりちゃんと記録を残せていない
(残していない)事にちょっとショック。
すごく良く覚えてる。
面会に行く時、たいてい誰か1人は
欠けていた孫が
この時は全員揃って会いに行けました☆
皆んなで写真を撮って
親の年賀状は、孫とジジババの写真入りで
作りました🎶
家には居なくても
会いに行けた昨年までのお正月。
今年はどこにも母は居ません。
家にも、施設にも。
そんな初めてのお正月でした。
いや、母は家に居たのかもね。
でも…
『お母は一回も出てきてくれんぞ』
と少し前に父が言っていました。
そして私も
『そうよ❗️そろそろ枕元に立ってくれるかと
思ったら、一つも出て来んよ』
そんな話をしました。
枕元に姿はなくても
皆んなの胸の中には…
母が休む間もなくお正月の準備を
していた姿が目に浮かびます。
…とてもじゃないけど真似はできないな
もう一緒に過ごすことは無いのだと
改めて思うと急に悲しくなったりも
しましたが。
今を生きる皆んなが元気で
幸せに過ごせることが
何より一番の願いです☆