もうすぐ母が亡くなって初めてのお盆、新盆。

 

お盆というと、

 

昔は母と祖母とで、女性だけ?

 

燃やした割りばしみたいなものをまたぐ っていうのをやっていた。

 

意味はよく分かっていなかったが。

 

それからナスやキュウリに割りばしを刺して、馬みたいにしたものを飾って、

 

くるくる回るライトを飾って。

 

 

それが私にとってのお盆の思い出。

 

 

 

ちなみにお盆の時期は地域によって違うとかで、

 

父方の方では目黒の下町で、ありがちな8月13日とは違っていたと聞いた。

 

母方の方では・・・?忘れたけど、一般的な13~15日くらいだったかな?田舎は群馬で。

 

 

もともとお盆のことは深く考えず、

 

ただ言われた通りになんとなくやってただけで。

 

ご先祖様が帰ってくるって言われても  うーーーん・・・?な感じで。

 

 

今回は母の新盆で、

 

でも母が帰ってくるとは思えないよ

 

帰ってこなくても自分の中にいつも母はいるし、新盆に限って何なの?

 

いつもかわらないよ

 

帰ってくるとか帰ってこないとか、どっちも結局同じじゃない?

 

 

 

信仰のある人から怒られそうなセリフだけど、

 

もし帰ってきててもしゃべったりできないわけだし、姿だって見えないし、

 

自分で感じるだけ、思うだけっていうなら、

 

新盆という時期にこだわることもよくわからない私

 

 

一応新盆ということで家族で集まるけど、

 

それは重要。

 

母のことを思い出して語ってね。

 

 

でも霊的なものはまた別なんだよね

 

戻ってきてくれるなら、新盆だけとか時期が決まってるのも意味不明だし

 

 

自分が思った時に近くにきてくれてるって思いたい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あまり料理が得意とは言えなかった母

 

いうなれば、比較的どれも薄味で、

 

でも今思えば素材の味が生きていた

 

そんな料理達だった。

 

 

そんな母の作った定番メニューで私が大好きだったのは、

 

キュウリ ナス、 青じそ それを塩もみしただけの  theシンプルな一品。

 

毎年夏にヘビロテだったメニューで、大好きで、

 

 

自分が結婚してからは、もちろん自分でも作り。

 

が、実はうちの夫、大の茄子嫌い。

 

ひとが食べてることさえ怒ってくるくらいの茄子嫌い(納得いかない

 

 

でも、文句言われても何だろうと、毎年作っていた。

 

 

 

今年も夏野菜が出回ってきて、作ったよ。さっき食べた。

 

 

シンプルだけど、味付けは塩だけで、逆に他の調味料を入れたくない。

 

ほんとシンプルだけど、青じその風味がきいてるし、

 

母を思い出しながら食べる。

 

つまみにちょうどいいんだな、これが。

 

ほんとに最高。

 

 

毎年青じそは実家の庭に、こぼれ種で生えてきてた。

 

毎年実家に行くと、やぶ蚊と格闘しながら、青ジソを取りに行ってた。

 

 

今年もまだ青じそは生えているのかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実家に帰った時。

 

目が悪い父に代わり、毎回郵便物をチェック。

 

一応二世帯同居の弟がみてくれてはいるはずだけど、

 

正直あまり気を使ってくれてはいない感じはする。

 

病院に行くとか、決定的なことではもちろんちゃんと寄り添ってくれるのだけど、

 

ちょっとした日常のこと、そういうのは、まぁもし私が近くにいたなら、もう少ししてるだろうなというのはいつも思う。

 

遠くにいて口だけ出す姉と思われそうだけど・・・

 

 

だから口を出さずにおとなしくしてる私だけど

 

こんなことブログでしか言えん。

 

 

で、その中で、支払いの振込票が届いていた。

 

携帯電話会社からのもので、よく見たら振り込期限少し過ぎてるじゃない!!!

 

いやいや、さすがにもう少し早く見てほしいよ・・・

 

 

しかも、それは母の名義で、母が使っていたスマホの支払いだった。

 

 

母はもういないのに、契約者は母の名前になっている。

 

1000円未満の金額ではあるけど、もうしばらく払う必要があるみたい。

 

 

期限は過ぎていたけど、ドキドキしながらコンビニに行ったら、

 

 

大丈夫、支払いできた。

 

 

母の名義の領収書(切れ端)をもらった。

 

 

 

母の名前がある。

 

 

たしかに母はいたんだ。

 

 

当たりまえのことだけど・・・

 

 

名前を見てなんだかすごく実感した。

 

 

 

でももういないんだ・・・というのが不思議で

 

 

だって、いたんだよ? 何で今いないの????

 

 

で、・・・・

 

 

毎回思うのだけど、母がいない真の悲しみにまだたどりついていない私。

 

どこかで母の存在を勝手に感じては、

 

自分の生きる糧にしてる。