母が夢に出てきた。

 

なぜか死んでいて、生き返った私。

 

まわりのみんなが気を使って、母の死を私に隠しているのが分かった。

 

私が死んでいる間に、母が亡くなったと。

 

その死因は、階段で転んだことに起因することだった。

 

でもそれを夢の中で、みんなが隠していたはずなのに、わかってしまった。

 

 

もう少し早く生き返れば、母に会えていたかもしれない。

 

やるせない気持ちと同時に、

 

なぜか自分を疑うほどに、それほど悲しくないと思った。

 

母の亡骸さえ見なければ大丈夫、自分を保てる。

 

 

結局私は、自分の心の平穏を保つ為に、色々セイフティーネットを張っているんだなとも感じた。

 

 

ただ、とにかく

 

夢でなら母に会えるかも

 

と思っていたのに、

 

結局、夢でも母には会えないという現実。

 

 

そして、娘に言ったんだ

 

 

「ママに会いたい。

 

でも会いたいのは、認知症になってからのママではなくて、

 

認知症になる前のママなんだ」

 

って。

 

認知症になってしまった母を否定するようなひどいセリフ。

 

でも娘は、

 

「それはそうだと思うよ」

 

って受け入れてくれた。

 

 

 

すこし救われた気分だった。

 

 

 

 

 

 

折しも 丁度 その日は母の日だった。

 

無事、母の希望だった海洋散骨を終えた。

 

 

 

 

母が希望していた散骨。

 

100%母の希望だし、母の希望通りにできた。

 

 

それなのに、なぜかものすごく悲しかった。

 

船上では、急にこみあげてくるものがあり、弟には具合が悪いかと思われ一瞬心配されたが・・・

 

その直後察してくれたが・・・

 

 

もう母はすでにいなくなっていたのだけど、

 

今回は本当にいなくなってしまったと感じた気がする。

 

 

ただ、私は散骨するためにパウダー状にしてもらったお骨を、

 

すこしだけ分骨してもらって、きれいな小さな小瓶に入れてもらって、手元に残した。

 

 

これはやっぱり重要だった。

 

少しでも母の一部があることが、お守りみたいに心を守ってくれている気がする。

 

これがなかったら、悲しみはもっと深かったかもしれないと・・・

 

 

 

海洋散骨では、高波で予定より1日遅れ、それが偶然にも母の日に重なり。

 

母のお骨と、花を海に投げ入れ

 

その後にはしばらくその場を周回してくれて、水面に浮くカーネーションがちらちらと映り

 

散骨前後はみんな比較的明るくしていたけど、

 

その時はみんな思い思いを胸に、静かに海面を見つめる そんな時間だった。

 

 

 

 

散骨業者のサービスはとても満足のいくもので、

 

みんな納得できる見送りができたと思う。

 

 

でも、 散骨で自然と一つになって、自然に帰れる なんて思っていたけど、

 

あんな大きな海原に・・・って思うと何か恐れというか、不安というか

 

そんな気持ちがふとよぎってしまう。

 

 

 

母の一部を置いてなかったら、ちょっと心をうまく保てないかもしれないと感じた。

 

 

そんな悲しすぎるセレモニーだった。

 

 

よっぽどの故人の思いがない限り、散骨はおすすめできないかも・・・

 

そもそも故人の思いがなければしないかもしれないが・・・

 

 

 

 

 

 

 

4年前の4月、

 

丁度母や親戚一同、

 

それこそ何十人もが集まって、遠方にあるお墓の近くの旅館に親戚一度集まった。

 

父の兄弟7人と、その家族が集まり。

 

これだけ集まれるのはもう今回限りだと思う

 

そういう話での集まりでもあった。

 

 

そして、実際その後のその規模のあつまりは、母の葬儀となってしまった。

 

 

 

丁度その日、旅館に入ってテレビを付けた時、知床遊覧船の事故のニュースを見た。

 

早く見つかってほしい・・・でも状況的に難しいのかも

 

 

そう思いながら夕食に行き・・・

 

 

その時の母の行動もよく覚えている。

 

もう4年前、、、いや、まだ4年前なのか?

 

 

 

その時の母はまだ意思の疎通もできたし、子供たちにはおばあちゃんが認知症とはまだ伝えていなくて、

 

子供たちは忘れっぽいことがある

 

っていうのをネタにしてる程度で、認知症だとは思ってもいなかった。

 

 

 

あの時、母はまだかろうじて今までの母だった。

 

 

ほんの、4年前の出来事。

 

 

それが、悲しい知床遊覧船の事故と自分の中ですごくリンクしていて・・・

 

あの時はまだコロナ禍で、あまり羽目をはずすことが許されないような状況の中、

 

父の弟がちょっとやらかし系で、わざとマスクをはずして女中さんの前でからむ

 

という悪態をしていて・・・

 

 

 

母のその時の状況と、世の中の状況(コロナ禍真っ只中、でも少し終盤のほう?)そしてカズワンの事故

 

すべてがリンクして思い出される。

 

 

 

そして、知床遊覧船の事故は想像するだけで自分の中で過酷で、

 

ほんとに絶望を超える絶望だっただろうなと思うと本当に恐ろしくて・・・

 

 

 

そして、今日、とある遊覧船に乗ろうと夫に提案されたものの、拒否。

 

 

で、言われた、

 

 

来月の海上散骨はもっと遠洋までいくのに大丈夫なの?

 

 

え?遠洋?いや、近場でしょ?

 

実際どっち?!

 

 

ってなって・・・・

 

 

何も考えていなかったけど・・・・船怖い・・・