前回

 

 

 

の続き。

 

71歳の誕生日で免許更新のあった母。

 

 

家族からは明らかに認知症の疑いの思いがあり。

 

ただ、その半年前くらいの病院の診断は、「認知症ではない」「認知症の目ではない」

 

だった。

 

なんかもやもやした状態だったものの、

 

とりあえず車の保険を維持してもらいたい等諸々の理由の為、運転はしないにしても、免許更新はしてもらいたかったという事情があった。

 

 

大丈夫なのかな?更新できるのかな?

 

と若干の不安もあった。

 

 

 

免許更新は、私の家の近くの自動車学校で。

 

地元だと予約がとりにくいか何かで、ここになった。

 

前日からそのために泊まりに来た父母。

 

前日の夜も、明日の更新のはがきを確認したのだけど、

 

朝になったら、どこに入れたか分からない事件勃発。

 

その時は母が認知症とは思わない父が、母を責める。

 

 

日常的に父に責められて、母はつらかっただろうな・・・

 

 

母を自動車学校に連れて行って、終わったころに迎えに。

 

 

母、無事更新!!!

 

不安もあったけど、やっぱ大丈夫だったか。(ちょろすぎる・・・?

 

 

そのあと警察署に行って免許を発行してもらうとかで、そのまま近くの警察署に寄る。

 

そのころは母の動向が心配すぎて、つきそうというよりは私が主導して受付に話しかける。

 

本人じゃないのに主導してて、私怪しいかも・・・完全に保護者みたいになってる・・・

 

認知症の傾向がばれたらやばい・・・なんて思いつつ。

 

 

母が認知症と診断されたのはその4か月後。

 

診断されたその時点で、脳の萎縮の度合いは中程度だった。

 

 

たぶん免許更新した時も、もうある程度は脳が萎縮していた。

 

 

それでも更新できてしまうんだから。

 

 

母は更新したものの、すぐに車を手放したし、大事にはいたってないけど・・・

 

 

 

ちなみに母、もともとものすごく運転は苦手だった。

 

私が6年生の時に免許をとったの、

 

それまで取らなかった理由

 

 

「排気ガスが大気汚染をするから、自分がそんな大気汚染することはできない」

 

・・・Ω\ζ°)チーン

 

 

 

でも、色々利便性とか考えて、結局取ることになった。

 

 

 

子供を連れて運転しまくる私を見て

 

「私も色々こだわらずに、もっと早く免許とればよかったな」

 

ってつぶやいてた。

 

 

そして、母、最大の惨事。

 

 

免許取得後、中古ではあるものの初めての車購入。

 

 

その帰り、電柱に車激突 

 

 

そのまま廃車となりました・・・

 

 

 

 

私が同じことおこしてたら、子供たちに総つっこみされてやばそうだけど、

 

そういえば私はあまりさわぎもせず、ふーーん 的な感じでスルーしてた・・・

 

 

もっと母によりそうべきだった・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最近は高齢者の交通事故のニュースが目立ち、

 

高齢者は運転すべきではない免許返納しろとか、地方なら仕方ないとか、

 

人により考え方には温度差はあるものの、高齢者の運転が好ましくないという考えは全体の傾向だと思う。

 

 

先月認知症から最終的な死因としては肺炎 で亡くなってしまった母。

 

母も認知症になっていたと思われる頃、まだ車を運転していた。

 

 

家族が認知症を疑いだし、車の運転も心配だった。

 

でも診断が出ないのに70歳の母から車を取り上げることも簡単ではなく。

 

でも、なんとか診断前だったけど、母の運転をやめることができた。

 

 

 

丁度うちの長女が就職となり、車が必要になった。

 

経緯は忘れたけど、とにかくうちの長女が母の車を譲り受けることとなった。

 

車がなくなれば、母は必然的に運転できなくなる。

 

もともと運転には苦手意識のある母で、他人の車なんて運転する気はもともとないタイプ。

 

車さえなくなってしまえば、もう運転することもない。

 

 

 

その方向にスムーズに進んだのには、たぶん母の認知が心配だったことが一番大きかったと思われる。

 

すでに視覚障害で免許返納していた父には、母の運転がたよりではあったはずだけど

 

それでも車を譲渡する方向に進んだのだから。

 

 

私が母から車を譲り受ける日。

 

車に乗って帰るから、久しぶりに実家まで電車で向かった。

 

つく時間は伝えてあった。

 

でも駅から家まで歩いていくつもりだったのに。

 

駅についたら母がいた。

 

車で母が迎えに来てくれていた。

 

ちょっとあせったのと、ちょっと安心(無事に駅までこれてよかったという)

 

その時はまだ認知症の診断も出ていなかったし、でも確実に私は疑っていて・・・

 

あの時のなんとも言えない気持ち・・・

 

私を最後に車で迎えに来てくれた母。

 

その時のことはまだよく覚えている。

 

ほんの、5年前くらいの出来事。

 

 

ちなみにその70歳の時、母は免許更新がありました。

 

免許更新、簡単でした。Σ( ̄ロ ̄lll) つづきは次回

 

 

 

 

 

 

前回書いていた記事の続きが止まっているが、とりあえず保留。

 

 

母がいなくなって1か月以上、ふと数えてみたらまもなく49日だ。

 

母の49日で何かを行う予定はない。

 

お墓に納骨という予定もなく、暖かくなってきたころに海洋散骨の予定で進めている。

 

 

要所要所で母のことを思い出す日々。

 

 

でも、悲しみ切れていない。

 

何なら祖母が亡くなった時の方が、一晩中考えて涙が止まらなくて眠れなかったり。

 

母が亡くなって、眠れない夜があったか?

 

それはない。

 

祖母よりも近くて、ほんとに大好きな大好きな母なのに、

 

亡くなっても私は毎日眠れている。

 

そんなこと可能なの?

 

自分でも自分がよくわからない。

 

 

そして母を失って、私は悲しいはずなのだけど、

 

考えれば考えるほと、悲しいのではなく、今はくやしい気持ちしか湧いてこない。

 

 

 

なんで?

 

こんな展開は予想できなかった。

 

何で母が?

 

こぶしをにぎりしめてしまう。

 

どうにもできないことだったけど、でもどうしても納得できない。

 

 

考えても考えてもくやしくて、でもどうにもできなかったことがもどかしくて、

 

 

もしかしたら、悲しいと思えることも、一歩前進なのかもしれない?

 

とにかく今は、自分が納得できる答えを求めているけど、

 

たぶんそんな答えはなく

 

 

ただただ日々を消化しながら、少しずつ鎮火させていくしかないのかと・・・