実家の大きくもなく小さくもない
程よい庭
幼い頃
お爺ちゃんが
柿や無花果やいろいろな植物を植えて
手入れをしてくれていた記憶があります
大きな木は切られ
あの頃程
木々や土はないけれど
椿や南天の木
親戚の叔母が
新たに植えてくれたカラーなどが
息づいています
父が体調を崩してからは
外注していたのですが
父が亡くなってから
あるトラブルがきっかけとなり
私が2年程前から
手入れをし始める事になりました
土や植物と接しながら
身体を動かす事には
抵抗がなくなっていましたので
とても自然な流れでした
外注している時は
除草剤を使っていたそうなので
土の中のバランスが
崩れていたのでしょう
やり始めた当初は
雑草が沢山生えていた様に
思います
どこからともなく
定着する雑草は
その土の足りない栄養をもたらし
土に空気を送り
固くなった土を
柔らかくする役割りが
あるそうです
土のバランスを戻す為に
沢山生えているのかなと思い
全部取らず
様子をみながら
観察していると
だんだんと
減ってきたのを感じました
「やっぱり
役割りがない存在などいないんだ」
そして、地球自体がバランスを取る力
がある事を
心の深い部分で実感し
私自信もまた
癒されていくのを感じました
そうやって続けていた所
ずっと実らなかった
南天の赤い実が
11月に実り
12月には、椿の木に蕾が2つ出来ていました
土の中の見えない所では
土台作りが
着実に行われていた様です
風が程よく通り
環境が整いさえすれば
それぞれのペース
リズムを取り戻し
循環が始まるという事を
実家の植物達は
教えてくれました
これは
私達人間にも当てはまる
共通の認識として
捉える事が出来ると思います
世の中の流れに乗っていると
どうしても
要領よく
そして、早く結果を求められる事が
殆どで
それが優先順位の上位にあると
確実に予定までに行う為に
失敗は許されません
常に緊張の中にいると
心の状態は
身体に反映し
身体は、硬直していきます
失敗するからこそ
試行錯誤をし
積み重ねる事で
土台が安定していき
その過程を経験するからこそ
自信が付いてきて
自分を信じる事に
繋がり
「これでいいんだ」
「そういう事だったのか」
と自分の内側と一致した時
腑に落ちた時
心も身体も
自然と緩んでいくのだと思います
植物と同じ様に
私達人間もひとりひとりに
ペースやリズムがあり
自分だけの花を
この地球で咲かせるには
固まった身体を緩め
風通しをよくし
心に余白を作り
大地にしっかり根を張り
地球と繋がる事が
大事な様です
閃きやインスピレーションも
この領域から
受け取りやすくなっています
早く咲かせたい
実らせたいという思いは
世の中のカレンダーの流れ
時間の流れの中の
資本主義社会という
土俵の上では
上手く働きますが
結果を早く出したいと
焦る気持ちとは
相反して
そのタイミングを
ちゃんと分かっている
自分自信が存在しています
どちらの土俵に合わせるか
自分自身がどう在りたいか
これから、ますます
その選択が
私達に委ねられ
意図する事が
大事になってくる様に思います
自分自身を生きる
自分自信と繋がる
それぞれの表現があると思いますが
その様に決めた場合
なかなか現実が動かないと
焦る時程
私達の見えない内側では
着実に
土台が作られています
見えない部分を
どれだけ信じきれるか
私個人的に
振り返ってみると
2025年は
そんな自分への問いかけの
連続だった一年だったと
感じています
その度に
土台を整える事を
意識的にやり
地道に
続けてきました
新しい事に取り組み
失敗もありました
分からない事もありましたが
優しく教えて下さる方々がいて
沢山の気付きや
ありがとうや感謝に
出会う事が出来ました
そんな中
実家の
南天の実と
椿の蕾を見れた時
嬉しさ、喜びの奥に
安心感とほっとした感じがありました
それは
結果を求める
肩に力が入った様な
ルートではなく
準備が出来たからこそ
咲けるという様な
本来の自然な流れに触れた
瞬間だったのかもしれません
私自身
意図する方向性を
再確認した様に思います♪
今日もお読み頂き
有難う御座います
感謝です♪
全ての存在
今ある全てに感謝いたします♪
