うふふ Kurashiki -12ページ目

うふふ Kurashiki

倉敷の美味しいお店を探検します。
時々インテリアのことなども。

ボランティアのみなさまと、美観地区に遠足に行ってきました。


まず最初に向かったのは、鶴形山の 「 観龍寺 」



階段を上った先は、思っていた以上に広い空間。


手入れの行き届いた境内から空を見上げると、キーンと抜けるような青空!






この観龍寺から少し見上げた場所にあるのが 「 倉敷の時の鐘 」。


「 ときの・・・かね・・・?」


と首をかしげる私に、先輩たちが口々に教えてくれました。


倉敷には大原総一郎氏が寄付した鐘があり、それが1日6回休むことなく鳴り響いているのだと。


美観地区にほど近い鶴形山にあるその時鐘の音は、風向きによっては市役所の方まで聞こえる日もあるのだとか。


鐘の音が響くのは、1日6回 6時 9時、12時、15時、17時、18時。


ほっほーん! そんなこと知らなかったー!


その日は特別に市の文化財保護課の方にお越しいただいて、普段は施錠されているその時鐘を見せていただくことに!


これはちょっと離れたところからの写真 ↓






施錠された扉の中には小さな小屋があり、その中の階段を上ります。





そしたらドーン!


足場が狭くてアップの写真のみ。





大原総一郎氏にデザインを依頼された棟方志功氏によって、女人観音図と銘が浮き彫りされています。


万里水雲長し 慈航又、何れの処ぞ


一体どーゆう意味だかわかりませんが、おそらく・・・万里水雲は長くて・・・とにかく・・・とても・・・ありがたいお言葉なんでしょう・・・


市役所の方の説明によると、この鐘は1742年に小野庄屋によって村の時の鐘として創建されたのが始まりなのだそう。その後の大東亜戦争の際に、金属回収策によって一時 鐘は失われましたが、1949年に大原総一郎氏が現在の鐘を寄附して以降、今も鐘は鳴り続けているそうです。

昔は鐘守人が鐘を鳴らしていたけれど、昭和52年に自動鐘打機がライオンズクラブから寄附され、現在に至っているのだそうです。


昔は鐘守人が住んでいた家屋も、自動鐘打機が導入されて以降、人が住まうことはなく、今は廃墟と化していました。





市は、ここをどうしていくのかを検討中なのだそう。


その場を立ち去りながら、文化財保護課の方に


「 倉敷で、この鐘の音を聞いて育った方たちにとっては、この鐘の音はどういう存在なんでしょう?」


と聞いてみたけど、明確なお返事を頂けなかったのはきっと、私の質問が抽象的すぎたんだなあ


それよりも


「 私が今住んでいるる所は持ち家ではありません。あの廃屋を直したら、私が住んでもいいですか?」


って聞いた方が良かったなあ と 今、後悔。



倉敷に来て始めたボランティアも9か月が経ちました。


背筋を伸ばして行く場所があること、そこでの人の輪が少しずつ広がってきていることをとても嬉しく思っています。


うふふ! Kurashiki !