田んぼにて | うふふ Kurashiki

うふふ Kurashiki

倉敷の美味しいお店を探検します。
時々インテリアのことなども。

ふと気付いたら、田んぼに新たなものが置かれていて、遠目ではわからないので近くに行ってみることに。


この田んぼは、雨が降ると一番に冠水する水はけの悪い場所にあり、初夏には何度も私をひやひやさせてくれた田んぼ。


すみっこにはわらぼっちが作られている田んぼ。


そこに新たに置かれていたのが コレ ↓


うふふ Kurashiki

これは・・・何ぼっちって言うんだろうなぁと思いながら眺めていると、その田んぼの前にある家の中から、おばあちゃんがひょいと出てきた。


おばあちゃんに、これは何かと尋ねたら、お正月用の黒豆を干しているんだと教えてくれた。


「 もう年をとってしまったけぇ、正月も色んなことはできんけどよぉ、黒豆だけは炊かんといけんと思ってよぉ 」


おばあちゃんは、他にもいろんなことを教えてくれた。


おばあちゃんが作ったわらぼっちは、野菜を作るときの肥料にするのだそう。


わらぼっちにして置いておくと、不思議と藁は腐らないのだそう。


ただ、わらぼっちを作る時に、藁がかたくて言うこと聞かなくて、手が痛くて仕方なかったのだそう。


だからもう、わらぼっちを作るのはイヤだなぁと思っているのだそう。


田んぼの単位は 「町・ちょう」 と言い、おばあちゃんはおじいちゃんと一緒に、2町弱の田んぼを持っているのだそう。


おばあちゃんがここにお嫁に来た時には、周りには田んぼしかなくって、家なんか一軒も建ってもなかったのだそう。


それがだんだん、田んぼを世話していくのが大変になってきた人たちが田んぼを手放し、手放された田んぼの所には、あっという間に新しい家が建って、今ではこんな姿になったんだと言って、周りをぐるりと見渡した。


おばあちゃんも、本当はもう、田んぼでお米をつくるのはしんどいなあと思っているのだそう。


そんな色んなお話を聞いていたら、おばあちゃんが思い出したように 「 あんた、どこの人?」 と聞いてきたので、京都から引っ越してきたのだと言うと 「 あぁぁ・・・ 京都・・・ 」 と、しばらく言葉を失って、 「 あんなえぇとこから来たんじゃあ、気の毒じゃねぇ・・・ 」 と言うもんだから、


そうだね、確かに京都は素敵なところだね、でも私はここに住めて幸せなんだと言ったんだけど、どうにもおばあちゃんにはその言葉が届かない。


京都は何度も行ったけど、本当に良いところだった・・・ あんなところに住んでいたなんて、それは良かったねえ・・・と繰り返す。


だからなんだか必死になって、私がどれだけここが好きか、私がどれだけ田んぼのある景色を美しいと思っているかを熱弁した。


苗を植えた頃に何度も大雨が降って田んぼが冠水してたけど、それでも苗が田んぼにしがみついていたから誇らしかったこと、すくすく成長した稲の緑がとても美しくて、窓からそれが見えることが自慢だったこと、田んぼのあぜ道を子供たちが通学していく風景を、私の両親がいつも眺めていたこと、稲刈りの時期が来てなんだか淋しかったけど、おばあちゃんが作ったわらぼっちを見て、また嬉しかったこと。


ものすごく伝えたかったんだけど、 「 いやぁ・・・でも、やっぱり京都の方がいいじゃろなぁ・・・ 」 と、やっぱりおばあちゃんには私の言葉は届かなかった。


これからも田んぼを手放すことなく、頑張って下さい!と言いたいところだったけど、しわしわのおばあちゃんの曲がった背中を見ていると、なんだかそれは言えなくなって


「 おばあちゃんの田んぼは、とってもきれいで大好きですよ。 」


と言ってお別れした。


長い間この土地で、粛々と生きているおばあちゃんに、色んなことを教わって嬉しかった反面、これから、先細っていくであろうものを見てしまったことを悲しく思った。