See you later 【完】 | Spin Spin

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大好きな人、映画、漫画、小説、曲など自分の琴線に触れる物が毎日風化していかないように書き留めておきたくて始めました。自分の好きなものをその日の気分で一緒に載せています。これをふらっと読んで下さった皆様の1日と私の1日が不思議と合致することがあったら面白いな。


See  you  later






元気ですか?


今日も私は、パソコンに向かって文字を打ち込んでいます。

文字といっても、あの頃とは違うよ。

自分で考えたものだけ。

毎日得意の妄想をフル回転させて、日々の出来事や自分の想いを、言葉に換えて綴っています。

私もあなたのように、多くの人に伝えたいことがあって。

小さいけれど、雑誌のコラムも任せてもらっているんだよ。少しは褒めてやってくださいね。ものすごい格好で仕事をしているので、恥ずかしくてとても見せられないけれど、毎日頑張っているよ。


ねぇ、私は元気だよ。もう二十七歳になったよ。出会った頃のあなたの歳に、やっと追いつきました。

あなたは今、どこの空の下にいますか。

沢山の鮮やかな写真を手に、そのうちひょっこりと戻ってくるんだろうと思って、毎日気が抜けないよ。その日まで、私も少しは成長していなくちゃ。


あ、私もうひとつ夢ができたの。

笑わないで聞いてくれる?

向田  の写真展。

ひとつひとつの写真に、解説のようなものがあった方が良いと思うの。

ひと言でもいいから、写真が引き立つような斬新なもの。

それにほら、最高の写真には最高のコラムがいるでしょう。

何が言いたいかって?

それはお察しのとおりです。


いつか私が、あなたの写真に言葉を添えるんだ。‘’










出す当ての無い手紙を綴りながら、ちょっとセンチメンタルな気分に浸っていた。

ゆっくりとこたつから出ると、カーテンと雨戸を開けた。まだ外は真っ暗だった。



毎朝私は、どんなに前の日のバイトの帰りが遅くなろうとも、夜明けの前に一度目が覚める。寝息を立てる義理の両親の姿を確認してから、ある時はゴミ置き場までゴミを出すためにだったり、またある時は、坂の下にある自動販売機までコーヒーを買いに行くために、家の前から続く緩くて長い坂道を、ゆっくりゆっくり下っていった。


薄い水色のカーディガンを肩にかけて、養母のサンダルを借りて、まだ肌寒い朝もやの中を、一歩一歩踏みしめるようにして歩いていた。

右側にはぽつぽつと灯りの灯るたくさんの住宅。左側も、これから住宅地になるのだろうか?でこぼことした更地が広がっていて、所々に残された木が、複雑な影絵のようにくっきりしたシルエットを残していた。

その上には、今日という日が始まろうとしているピンク色の空と、まだ光り輝く星たちとが、不思議なバランスを保って鮮やかに広がっていた。ピンクからオレンジに、オレンジから白、そして白から藍色。

空や太陽や大地が創り出す、純度百パーセントのグラデーションは、この世のものとは思えないほど美しかった。



現にも見せたいと思った。

できることなら、現の隣でこの美しい景色を見たかった。



現のことを思い浮かべる瞬間は、未だに胸が痛む。今や私は、現のあの低い声や、どこまでも真っ直ぐな瞳や、犬のような無邪気な表情を、あまりにも鮮明に目の前に創り出すことができるようになってしまっていたので、そのリアルな現の残像が現れると、つい注射針を刺された瞬間に、痛みに耐える時のような顔になってしまうのだ。

それでも、悲しい出来事が起きた時に現を思い出すんじゃなくて、こういう瞬間に思い出せることを、心底幸せだと思った。






まだ寒さの残る弥生の空には、カストルとポルックスの輝星が、朝日を浴びて消えそうになりながらも輝いていた。

どちらが兄で、どちらが弟だったか忘れてしまったけれど、兄が死んでしまうと、弟は不死身の身体を分けてやり、ふたりは一日おきに神の世界と人間の世界とで仲良く暮らした。そんな話。



現は死んでしまったわけではない。

夢の中の人でもない。

実在しているからこそ、想えばこんなにも胸が痛むのだ。



あの日、成田から現が旅立ってしまってから、私は何度泣いただろう。

コンビニで現の好きなプリンを見つければ涙が出た。街中でハナちゃんを見かければ涙が出た。本屋で現が口ずさんでいた歌が流れれば、それだけで涙で目の前がぼやけた。

あれだけ一緒にいたのだから、寂しいのは当たり前で、それでも同じだけ現を思い出しては優しくなれた。前向きな気持ちになれた。頑張って生きようと思えた。


こんなにも影響されて、胸の中をかき回されて、愛おしくてたまらないと思える人に出会えたことは、何より私の糧になった。

生きていく上での。人生の。

これから、きっともっと素晴らしいことが私を待ってる。その時に、現が隣にいるのか、いないのかは分からないけれど、きっとどちらでも私は大丈夫だと思った。

その先っぽが、現に繋がっていることに変わりはないのだから。




今頃現も、どこかで同じような空を見上げているのかな。

私は、毎日朝日に向かって祈ったりするような良い女ではないけれど、ちょうど良い間隔で並んだ二つ星を、今日は無性に羨ましく思った。









「星空」




夜毎見上げる星空が


あなたの上にも広がって


あなたも今頃この星たちに癒されてるって


私は私に言い聞かせる


あなたと繋がれる唯一の瞬間


今何を考えてる?  誰を想ってるの?


聞きたいけれど聞けないよね










【完】