娘ごとです
先週の3/15
5歳が幼稚園を卒園しました。
9歳を含め数えると
6年間お世話になった幼稚園。
ここで私たち親子は
親子とは
友情とは
そんな大切なことを教わった気がしています。
緊張した顔して
与えられたセリフを言う5歳。
長い長い式の間、じっと座っている5歳。
1人前へ出て壇上にあがり
修了証書を受け取る5歳。
まだまだ甘ったれの赤ちゃんみたいな5歳が
本当に大きく見えました。
式では、一年を振り返りながら
今まで歌ってきた歌を一曲ずつ歌います。
遠足、プール、おいも掘り、運動会…
様々な思い出が歌とともに蘇り…
先生たちは、泣いていました。
緊張しながら大きな声で歌う子供達を見つめながら
肩を震わせて泣いていました。
その姿に…私ももらい泣き…
お世話になりました…先生…。゚(゚´Д`゚)゚。
離れてしまうお友達もいるけれど
これからの新生活を楽しんでね
そして、今日3/17は
5歳の誕生日でした
そう、5歳は6歳になりました
6歳がまだお腹の中にいる時のこと。
妊娠9ヶ月が終わる頃
お腹の中で赤ちゃんの成長が止まりました。
体の機能は出来上がってる状態なので
生きていく上では問題はないのですが
産んでみると
なんて小さな女の子…
ひょろひょろで、ゴツゴツで…
抱いたら壊れてしまいそうなほど…
でも彼女は、見た目とは裏腹に
ものすごく元気!!!!!!
常にバタバタ動き回り
ベットからはみ出てしまいそう
今でも体はかなり小さめだけど
元気だけは有り余ってる6歳です。
ここからは、私ごとも入ってきます。
いつか子供達に伝えたいこと。
私が忘れたくないこと。
感謝したいこと。
今ある幸せが、当たり前なことじゃないって
いつでも思い出せるように
あえてここに書きたいと思いました。
なので、
ここでお引き取りくださって大丈夫です
私の過去に興味のある方は
覗いてみてくださって構いません(笑)
お母さんはね
6歳と9歳のお母さんになれたこと
奇跡だと思っています。
お母さんがお父さんに出会えたことも
お父さんが結婚を決めてくれたことも
奇跡だったのよ。
本気でそう思うほど
お母さんの中で『結婚』って
夢のまた夢なことだったの。
『お母さんの顔と、体中にある傷はなぁに?』
お風呂の中で、二人はお母さんに聞いたよね。
そう、この傷はね
お母さんが頑張った証拠なんだよ。
頑張った証拠なんだけどね…
だからこそ、結婚なんてできると思ってなかった。
一人で生きていくんだって、思ってたの。
でも、お父さんに出会って
恋をして…
静岡のお母さんの家族は、大反対をしたの。
『向こうの親御さんは何と言ってるのか。
生まれ持った奇形が、子供に万が一遺伝したらどうするんだ。
そうでなくても、お前が嫁として家に入る事で
向こうの親御さんや相手の男性に
肩身の狭い思いをさせるかもしれない。
よそ様の家に、迷惑はかけられない…』
ひどいでしょ(笑)
誤解のないように言うけれど
お母さんはね
それはそれは大切に育てられたのよ。
両親や親戚までも巻き込んで
みんなでお母さんを育ててくれた。
だからこそ
お母さんが生まれた時から抱え持った病の辛さを知るからこそ
思わず出た本音だったの。
そして、その本音は
漠然とお母さんの心の中にある不安そのものだった…。
自信がなかったの…。
だから、お付き合いしてた頃、お父さんに言ったのよ。
『奇形が遺伝するかもしれない。
肩身の狭い思いをさせるかもしれない。
だから、もう終わりにしようか。』
帰ってきた言葉は
『君のお父さんお母さんは
君を産んで今も後悔してるのかな?
君を産んで良かったと思ってるんじゃないかな?
僕にはそう見えるんだ。
だから、
たとえ僕らの子供に奇形が遺伝したとしても
僕らもきっと
産んで良かったと思うはずだよ。
世間体を気にするような
由緒ある家柄でもなんでもないから。
僕には、別れる理由にならないんだよ。』
今でもお母さんは
あなたたちに事あるごとに言う言葉があります。
『結婚するなら、お父さんみたいな人を選びなさい。』
お父さんほど、素敵な男性はいないのよ。
こんなお母さんを選んでくれて
諦めていた結婚をしてくれた。
お母さんにとって
お父さんと歩み出した人生は全て
奇跡の塊です。
それだけでも十分幸せなのに
自慢したくなるほどの可愛らしい女の子を二人も授かりました。
幸い心配していた奇形も遺伝することなく
無事にすくすく育ってくれています。
お母さんの子供になってくれて
ありがとう。
たくさんの奇跡を
ありがとう。
これからの人生
何があっても
奇跡に変わりはないから。
なんだって乗り越えていけるよ