じょうくんが亡くなって6年が経ち
息子が36歳になり(既婚)
娘が30歳になり(独身)
私の腰椎滑り症歴も7年が経ち
去年の8月に角膜上皮剥離が始まり
光過敏症で常にサングラスをかけて生活をすることになり
毎日腰の痛みと関節の痛みと剥離の痛みで
憂鬱な気分で過ごしていたけど
死んで楽になりたいと何度も何度も思い
その都度
残される娘のことが気がかりで
親の居る在所が無くなる寂しさも充分知ってる私にとって
独り身の娘の事ばかり考えていた
息子の様に愛し愛される存在がいれば安心と思っていた
たくさんの友人もいる
働きがいのある職場もある
掃除片付けが好きで
卓球が好きで
優しくて厳しくて
一緒に暮らして安心して身を任せられる存在の娘
話も楽しい、面白い
可愛い娘
最近は息子や娘の赤ちゃんの頃から保育園時代をよく思い出して
可愛かったなぁと記憶の中の2人の姿に微笑んでしまう毎日
こんなに時間が過ぎていた
大変だったあの頃が遠い記憶になっていた
楽しかった事、辛かった事、悲しかった事
苦しかった事、後悔の思いも
可愛い2人の匂いや温もりもよみがえって
母の生きた65歳を超え
じょうくんの生きた69歳を目指して
今過ごしているけど、それが過ぎたら
父の生きた83歳……
までは生きたくない、絶対に嫌だ
遊びに出掛けていた娘から
泊まっていい?と連絡があって
何処?誰の家?って聞いたら
彼の家って返事がきて
一瞬頭の中で
エッ?
ハッ?
何言ってんの⁇ ⁇
聞いてないよぉー
知らんよぉー
誰それぇー
私1人パニックです
アタフタしました
ドキドキしましたオロオロしまして
いーよー、
なんて動揺してませんよ的な返事して(何故か)
避妊はしっかりするんだよ
間違いのない様に(経験上)
なんて言ってる私(ビックリです)
大丈夫生理だからー
と娘
(うっ、やっぱ初めてじゃ無いのか?)
ナプキン買いに行くところー
と言うので
歯ブラシ、コンタクトセット、メイクオフセット買ってねと話したら
あっ!そっか、要るねー
なんて言ってる
ついでに住所、氏名、電話番号送れーと言ったら
メールで返ってきて
出身は北九州って返事が…
なんと九州男子
じゃあねー、て返して思ったのが
ごめんねー九州出身の方々
=大親族ってイメージがあって
ホラーよりリアルに怖い
明日帰宅してからが勝負
自分も嫌だったから
根掘り葉掘り聞きたく無いけど
あれこれ聞きそうな自分が心配
娘よゴメンなー
ポンコツな身体の母ちゃんで
会って大丈夫と感じたら
いつでも逝けるわー
安心できるわー
あっ!まてよ
料理全くできないんだった
臨機応変が無理なので
レシピ通りの材料が無いとダメで
何度か挫折してたじゃん
こりゃ大変だ
私死ぬどころか料理教えなくちゃいかん
母として残された仕事
それは
娘にレシピを教えなくちゃ
適当にする、を教えなくちゃ
結婚までは期待しないけど
コレがいい機会かも
私も料理は苦手好きじゃ無い
いつも美味しいって言ってくれてるレシピを
教えなくちゃ、あら大変だ
ソワソワしてる間に
腰の痛みが出てきたーっ!
タイムオーバー
最長3時間しか起きていられなくて
1時間過ぎると痛みを感じる
もう電話がきてから2時間越え
痛いはずだわ
5月10日日曜日が祥月命日
あの日も母の日と亡くなる日が同じで
母の日に渡すつもりの花束プレゼントが
そのまま仏花になっちゃって
最低最悪の悲しい母の日だったね
今年も巡ってきた
母の日と祥月命日が同じ日の日曜日
そして
娘の交際発覚
息子の結婚記念日も5月だったな
まぁ、いろいろな想いが混在する5月です
薬飲んで風呂入ってベットにゴロンしよ
チョイ考えたら
1人になる事あまり無かった
話し相手がいないと
こんなに寂しく感じるものなのか
