私は最終的に、
母乳だけで育てられるようになりました。

 

でも正直、
これは努力というより

「偶然の条件が揃っただけ」
だと思っています。

 

一つ目は、母の存在。

母が母乳が出るタイプで、
3人とも完母で育てていた人でした。

 

その影響もあったのか、

産後1日目の母乳マッサージで
助産師さんに

「出がいいからマッサージいらないね」
「今日退院する人より出てるよ」

って言ってもらえました。

 

ただ、それ以上に大きかったのは、

母乳のことで困ったときに
すぐ相談できる経験者が身近にいたことでした。

 

ちょっとしたことでも
「これどうだった?」って聞けたのは、

かなり安心感がありました。


私「こんな飲みづらいおっぱいだけど赤ちゃんは嬉しいのかな?」
母『嬉しいよ!やったーパイだパイだーって喜んでるよ😆』

私「おっぱいが張って痛くて辛い」
母『私もあった。昔は手絞りで洗面所にビューってだしてたよ😃』

私「乳が勝手に垂れてきて気持ち悪い」
母『あったあった!私の時はもうオムツをブラの中に入れてたよ😆』

。。

ちょっとクスッと笑える返答をしてくれたのは、
きっと寝不足でしんどい顔をしていた私を
元気付けようとしてくれた
母としての気遣いだったのでしょう。

いくら体質が良くても、
母乳のことを相談できて、
辛さを分かってくれる母が居なかったら
本当に無理でした。

ただでさえひどい寝不足で
分からないことだらけで
赤ちゃんが死なないように常に気を張り詰めてる状態。ストレスフルでネガティブになってました。

だからこそ、
ひとりで抱え込まずに済んだ環境が
大きかったなと思います。


二つ目は、産院。


産院は、全個室で綺麗なところ、くらいの
理由で選んでいました。

そのたまたま選んだ産院が
母乳育児をかなり推奨していて、

 

出産したその日から母子同室で、
入院中も授乳指導やマッサージがありました。


マッサージも入院中に2回実施してもらえて。

マッサージもしながら、
色んな授乳姿勢を教えてくれたので、
私と赤ちゃんにとってどの姿勢がいいのかを
プロに見てもらいながら試行錯誤することができました。
 

ここで一気に
軌道に乗せてもらえた感があります。

 

 

三つ目は、母乳外来に行けたこと。

 

産後も通えたのは
かなり大きかったです。


産後は基本的に外出を控える時期ですし、

そもそも近くに母乳外来がない人や、
産院によっては出産した人しか受けられないこともあります。

 

そういう意味でも、

必要なときに相談できる場所が近くにあったのは
環境的にもラッキーだったなと思います。

 

 

四つ目は、家族のサポート。

 

里帰りと、夫の育休が重なって、

家事をほぼ任せることができたので、

私は頻回授乳に
集中できる状態を作ることができました。



これがなかったら、
正直回ってなかったと思います。

 

 

五つ目は、家族や友人がよく遊びにきてくれたこと。

私には2人姉がいるのですが、
2人とも忙しいなか暇をぬって
実家に里帰りしている私の元へ
会いに来てくれました。

新生児期は家から出られない生活で
辛い日々だったのですが

会いに来てくれる人がいると
『あと◯日で会えるから頑張ろう』と思えて
耐えることができました。
 
また、会えた時は赤ちゃんを抱っこしてくれたり
数時間まとめて面倒見てくれて、
意図的に私のために睡眠時間を作ってもらえたのが本当にありがたかったです。


そして友人たち。

実家近くに住んでいる友達は先輩ママの子が多く、会った時に沢山アドバイスをもらえました。

『最初は表情や反応がほぼないからしんどいよね』

『私も最初の3ヶ月は辛かったよ』

『眠い時にはミルクを頼っていいし、
夜寝る前の最後の授乳はミルクにすると、よく寝てくれるよ』

『搾乳機を使うと、ほかの人も授乳対応できるようになるから楽になるかも』

などなど。


彼女たちが育児という闘いの中で見つけた
とても役に立つ育児情報を教えてくれたり、
私の辛い気持ちを言語化して寄り添ってくれました。

赤ちゃんが産まれて幸せなはず。
だからこそ、
自分から『辛い』と言いづらかった。


そんなときに
彼女たちが親身に寄り添って
味方になってくれたのが大きかったです。

とても心救われました。



ただ、

これだけ条件が揃っていても、
最初から最後まで順風満帆というわけではありませんでした。


乳首の形と赤ちゃんのラッチオンが合わず、

最初の1ヶ月くらいは
乳頭保護器を使って授乳していました。

授乳のたびに洗浄、消毒。
乳頭保護器がなければ、この子に乳を与えられない。この子は飢えてしまうと思う。
そんなことを考える毎日でヒリヒリしてました。


さらに
乳首が切れたり、血豆ができたりして、
乳を与えたいのに激痛。

脳みそが萎縮するんじゃないかと
思うくらい痛かったです。

 
また、

2ヶ月目くらいまでは
ミルクとの混合だったので、

 
寝不足の中で

授乳して、ミルクを足して、
哺乳瓶を洗って…

という流れが続いて、
正直かなり大変でした。

 

 

それでも結果的に
母乳育児が軌道に乗ったのは、



こういう人や環境といった
“偶然のラッキーな条件”が
積み重なっていたからだと思います。

 

 
だから、

母乳で育てられているかどうかは、

体質や努力だけで決まるものでは
ないと思っています。
 
 

母乳でも、ミルクでも、混合でも、

その人と赤ちゃんにとって
無理なく続けられる形が一番です。

 

 

これは本当にそう思っています。


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