元常務秘書が何も考えずに

旅するミュージカル劇団に

入ってしまったあの頃…の話。




三年間やった作品の

大千秋楽を終えて



ザワザワザワザワ
ソワソワしたまま
お正月休みに入り

母と弟が住む大阪の家に
帰った。

弟はあいにく風邪を引いて
熱を出し寝込んでいた。

(今なら熱出して
寝込むなんて大騒ぎだけど)


ワタシはまず

退団後の生活の為の
アルバイト先を紹介してくれた
大学時代の友人
平良亜矢子になんて言おう…

なんて言うべきか…

そればかり考えていた。

(ちなみに平良亜矢子は…
ワタシが3年前に
クリスマスソロライブを
させてもらった銀座のジャズライブハウス

「Jazz & Soul Bar  The Deep」

のオーナー歌手で
大学時代からめっぽう歌が上手く
さらに劇団サークルでも女優として
大活躍していた憧れの存在だった)



注:ワタシが所属していた劇団は
その頃は給料制で
バイト禁止だった。
いや、バイトする時間など
無いくらいに朝から稽古、
夜は遅くまで小道具・衣装作業、
トラック積み替え
前もってのトラック移動…
稽古も本番もない自由になる
空白の日は
月に1.2日あるか…無いかだった。
しかもそれが東京OFFなら
歯医者や病院に行くだけで
精一杯だった。





行くも下がるも
誰かの気持ちを踏みにじる。


しかも
チーフプロデューサーの
引き止めには耳も貸さず
退職願を出してまでいる。



退職願を出した筋を通し
亜矢子への友情を立てて
退団したら…
こんなワタシをなんとかしようと
してくれてる作演出家の思いを
台無しにすることになる。


だからといって
「やっぱり辞めるのやーめた!」

は亜矢子だけでなく
亜矢子と紹介先との信頼関係に
関わる問題。


そして元々馴染んでいない
狭い劇団内では
「針のむしろ状態」になること
大決定。


…どっちに行っても
後悔する気がするし

どっちに行っても
最悪な状況が見えている。


これが

分岐点、
というものなのか…
…ヒドイな。





………

結果的にワタシは

紹介してくれた亜矢子の顔に
泥を塗る様なことをしてしまった。

もちろん亜矢子が
怒るのは当然のこと。

関係にヒビが入ることが
わかっていながら


作演出家からの話を
断ることが出来なかった。


謝っても仕方ない。
謝らずにはいられないが
謝れば謝るほど、空虚に
亜矢子を怒らせた。


当たり前だ。
ワタシが亜矢子の立場なら
亜矢子以上に怒っただろう。





でも


なんの役にも立っていない
ワタシという人間が
この先に
自分の為に大きな役を
書いてもらえる…
そんな機会は

人生の中に
そうそうあることではない。

いやこの後もう
ないんじゃないか?!


という心の声に
逆らえなかった。


わざわざ友人を傷つけてまで
やることなんだろうか?!

と思いながら。











そして

年明け

配役発表の日が来た。









つづく。





後輩チカとワタシを

可愛がってくれた優しいおにーさん

客演の西崎さんと。

チカは役者ではなく

バンドのキーボード、ピアニストとして

入団してきた。


機転が効くサバサバしたコで


雪の北海道公演の時


トラック横の植え込みの

雪山の中に缶ビールを埋めておいて


バラシが終わったら回収して

ホテルで冷たいビールを

美味しく飲む方法を思いついて


「そーこさんの分も埋めときます!」

と、よくワタシの世話をしてくれた。


今はよきお母さんとして

画家の旦那様を支えている。