プロジェクターで映し出された
可愛い渓太郎くんの写真を見ながら
皿ちゃんがインタビュアーとなって
美幸さんに質問する。

そして美幸さんがゆっくりと丁寧に、
その時のことを噛み締めるように
お話ししていく、という流れだった。


ブログで拝見していた
エピソードだったけれど
美幸さんの口から語られる渓ちゃんの様子に
私も 19年前にタイムスリップして、 
同じ病室で渓ちゃんを見守っているような
そんな気分になった。


美幸さんの中で渓ちゃんは
今も全く色あせることなく
その当時のまま、温かくて、柔らかくて、
ミルクの匂いすらもしているんだろう。


一瞬一瞬を懸命に生きていた
渓ちゃんと美幸さんを感じて涙が溢れた。


どんなに苦しかっただろう。
どんなに生きていて欲しいと願っただろう。

子どもを失うという恐怖。
子どもを失った絶望感。
 
想像を絶するものだと思う。




そんな美幸さんのお話を聞きながら
私が1番驚いたのは
美幸さんが泣いていたこと。


渓ちゃんが亡くなったのは
19 年前のことなのに、 
しっかりと死と向き合っているはずなのに、
きっと何度もこの話をしているはずなのに、
美幸さんは話しながら泣いていた。


美幸さん
まだまだ辛いんだ…


私は美幸さんに
《苦しみと悲しみを乗り越えた姿》を
求めていたことに気づいた。


時間が経てば楽になれるよ!
しっかりと死に向き合えば、
きちんと死を受け入れれば楽になれるよ!

そう言って欲しかったのだと思う。


自分よりも苦しんだだろう人から
そう言われれば
何か希望が持てるような気がして。


でも、美幸さんは今もまだ
悲しい感情を、喪失の淋しさを味わっている。


ずっと、どれだけ時間が経っても、
どれだけきちんと向き合っても
悲しみは消えないんだ。


そのことを知ったことは
私にとってショックなことだった。


と、同時に
どこか諦めにも似た安堵も感じていた。



美幸さんのお話の後は、参加した人たちが
美幸さんの話から感じた取ったものや
それに付随するそれぞれのエピソードを
ひとりずつ、じっくりと時間かけて
話していった。


美幸さんが仰る『存在 = 愛』
心と体で感じるようになった私たちの間には
なんとも言えない、不思議で柔らかい
空気が流れていた。

だからみんな安心して、素直に、
自分の想いを言葉にできたんだと思う。


みんなそれぞれに癒えない痛み抱えて
それでもひたむきに生きている。

そこにいた誰もがみんな
『あなたは愛しい存在』
『ここにいてくれてありがとう』
そんな思いで
お互いのことを温かく見つめていた。


『美幸さん、私は美幸さんに時間が経てば
   楽になれると言って欲しかった。
   でも美幸さん、今も泣いてるんだもん』

私がそう伝えると
美幸さんは私をいたわろうとする
優しい眼差しで言った。


『愛していればいるだけ
    苦しいよね 』


それは、美幸さんが仰っている


『悲しみの裏には
    同量の愛がある』


ということ。


『弟さんのこと
   とっても愛していたんだね』


その言葉に、私は顔を覆って泣いた。


弟の人生を可哀想と決めつけ、
何もできなかった自分を恨み
時にはその悲しみの矛先を
誰かを責めることに向けてみたり。

そしてまたそんな自分が嫌になったり。


私はどうやったらこの苦しみから
解放されるんだろうと
楽になれるのだろうかと
そんなことばかり考えていた。
その方法を美幸さんから聞きたかった。


でも、そんな苦しみも悲しみも
根底にはいつも
弟への深い愛があったからこそ。


私、弟のこと愛してたんだ。
とってもとっても。
心から。


そんな当たり前の感情を
私はやっと思い出した。


そしてそれを自分の言葉にして
体の外に出した時
喪失の悲しみをやっと味わえた気がした。


悲しみの乗り越え方はしらないけれど
悲しみの源だけは知ることが
できたのかもしれません。
それはゆきさんが私に見せてくれた
「大切な人への愛」です。


翌日、美幸さんから頂いたメールに
書いてあった言葉。


後付けされたネガティブな感情を
削ぎ落として行ったら
私の中には《弟への愛》しかなかった。


胸の痛みと共に生きることの尊さ
そんなことを美幸さんに
教えてもらった気がしている。



『辛いんだけど
   この悲しみがなくなるのも嫌かなぁ。
   いつまでこんな気持ちにさせるんだ!
    って悔しい時もあるけどね』


そう言って悔しそうな表情を
少しだけにじませて笑った美幸さんは
まるで菩薩さまのようだった。


私もいつか笑って
『いつまでこんな気持ちにさせるんだ!』
言えるようになれるだろうか。



美幸さん、皿ちゃん、ありがとう。

言葉では伝えきれないほどの
感謝と愛を込めて。