いよいよあす、第二子の出産入院をすることになります。
私には過去、妊娠したけれど無事に生まれてくることのできなかった子どもが2人います。
あれからもう2年以上経って、
第二子の出産を控えている今どんな気持ちでいるのか、
自分でも整理がつくようなつかないような、
ふわふわしたところがあるので、
書いてみたいと思います。
最初に稽留流産と診断され、
初期の中絶手術をしたとき、
この世にこんなに辛いことがあるのかと、
手術のあと、めちゃくちゃ泣きました。
それから一年して中期中絶を経験したときは、
心にぽっかり穴が空いて、
喪失感がものすごくて、
この穴は一生埋まることがないんだろうな、
と思いました。
子どもたちのことを絶対に忘れない、
忘れてはいけない、
この辛い気持ちを忘れることは決してあってはならない、
それくらいだったと記憶しています。
極端な話、
自分は大きな罪を犯してしまった罪人のような存在で、
一生この「罪」を背負って生きていくことが、
イコール罪を償うことに繋がると、
そんなような気持ちがありました。
だから、
自分はとても辛い経験をしたけれど、
それは乗り越えてはいけない辛さで、
死ぬまで墓場まで持って行こうと、
なんだかそんな気持ちだったんです。
…なんですけど、
それから2年以上たち、
今はもう「乗り越えた」と言って差し支えないような状況になっているかなと、
さすがに思います。
気持ちとしては「乗り越えたくない」というのはあるんですけども。
でも、
どこからどう見たって、
もう自分は「乗り越えてしまっている」よなぁと、
客観視するとそう思います。
私はこれまでにあった辛い経験を乗り越えようとしたことはなく、
傷ついた自分も、
悲しい気持ちも、
元気に生まれることのできなかった子どもたちのことも、
不妊治療で辛かったときの感情も、
それら全てをありのまま、
何か別物に昇華することなく、まるっと抱えたまま人生を歩むつもりでいたのに、
乗り越えるつもりなんてなかったのに乗り越えてしまった。
そこでふと気付いたこととしては、
私は別に罪人なんかじゃなかったんだな…と。
元気に生まれてくることのできない命を宿すということは、
女性の体に産まれたからには可能性として十分ありうることだった。
いつのまにか、
自分を責める気持ちから解放されていました。
今でもお空に帰った子どもたちを育てたかったと思うことはありますが、
彼ら・彼女ら(性別不明です)は、
理由はよくわからないですけども、
彼らなりに短い人生をまっとうしたんだろうなと今はそう思えています。
全然違う話になってしまうんですけども、
先日、同じチームで3ヶ月ほど働いた人が転職することになったので、
寄せ書きをしたんですよね。
「短い間でしたが、ありがとうございました!」
社交辞令もありつつ、
でも本心でそういうメッセージを書きました。
人生歩んでいれば、
サッと通り過ぎていくだけの人もいる。
私は、
流産や中期中絶というのは、
しなくていいなら絶対にしないほうがいい経験だとは思うけど、
それなりの確率で発生してしまうことなので、
結構、たくさんの人が経験しているのではないかなと、
そういうことをここ数年で知りました。
そんなわけで、
中絶したときは「自分だけがこんなに辛い思いをしている」と思ったものの、
実は世の中のそれなりの人数の人々が辛い思いをしていて、
みんな、それなりに生きているんだよな、
とも思うわけです。
なんの慰めにもならないけれど。
でも、人生ってそういうものだ、という事実は認めざるを得ないと思う。
お空に帰った子どもたちは私の人生を「サッと通り過ぎていってしまった」。
いろんな人とすれ違って、サッと通り過ぎて。
私たちは流れ星みたいに生きているから、
時にはわが子ともすれ違ってしまうことがあるんだなと。
辛いけど。
今はもうそこに理由を探すことも、
意味を求めることもなくなり、
ただ、
「短い間だったけど、宿ってくれてありがとう!」
という、
シンプルな気持ちになっています。
今、お腹の中にいる第二子ちゃんとはいつまで一緒にいられるんでしょうか。
「天からの預かりもの」を、
私は大切に育てていくつもりなので、
どうか母子共に自然とお互い独り立ちするまでは一緒にいられますように…
第二子ちゃんには、
何も心配することなく安心してこの世に出てきてほしい。
めいいっぱい、
ママやパパに会えるのを楽しみにしていてほしい。