私バツ2です。特に再婚した時は夢見た専業主婦![]()
久しぶりに作る愛する人のお料理、自由になる時間にお茶会に行ったりと
あれこれとやりたい様にやった。でも…元夫の勤務先は滋賀県ここからだと
片道2時間もかかる。それにもう50過ぎての再出発。毎日4時過ぎには起きて
通ってたけど、とうとう辞めると言い出した。でも、その時は会社自体が倒産の
噂が広まってて、自分も見切りをつけたのかもしれないが、私は先天の霹靂![]()
なんの相談もなく勝手に辞めてきた元夫に不信感を抱く様になった。
それから、就活が始まったのはいいけどタクシーの運転手をすると言い出し
入社していざ実習になると、接客をしないといけない。
これがネックになり、とうとううつ病になり、毎日家で韓流ドラマの見放題。
私は、「何がうつ病なんだ、そんな事言ってたら世間の人は皆うつ病だ」と
元夫の苦しみも理解してあげられなかった。
そして、私は段々元夫の存在がうざくなりイライラの毎日。
もうそうなると、我慢出来なくなり距離を置こうと提案したが無理だった。
最後は、一緒にご飯を食べるのも嫌になり離婚![]()
そのストレスから私は20キロ近く痩せ、虚脱感に苛まれご飯も余り食べなく
なって別れる時にクレジットカードで、生活を繋いでた。当然これは借金。
娘が出してくれるお金では返しきれずとうとう自己破産![]()
そして始まった一人暮らし。とにかくその一人暮らしが心細くて、また引越しの
荷物が今度の家には入らないと決め付けて、娘を困らせた。
そして引越し当日私は逃げた
ここから逃げたい!とありったけの睡眠剤を持ってホテルに泊まり
2日目の日に目が覚めたら、病院に居た。
娘達が心配そうに私を見てる、ああ死ねなかったんだ。
それからは、娘達が強制的に精神内科に行き入院させられた。
入院した時は相変わらず食べれない寝れないが続いたが、薬のせいで段々
正気に戻った私は、この入院生活が苦痛で苦痛で早く退院させろとヤイヤイ
先生に頼みこんだけど、結局3ヶ月の入院になった。
その入院生活はテレビもなければ、時計もないただただ時間が過ぎるのを
待って1日が終わる。
ああ…うつ病ってこんなに辛いんだ。あの時の彼もそんな状態だったのだ。
人の病気はなってみなければ分からない、正にその通り![]()
今更遅いけど「ごめんねもっと気がついてあげれば…」という思いに駆られる。
今、会いたいもの凄く会いたい。

