セドナからの気づき|日々のやさしい変化

セドナからの気づき|日々のやさしい変化

瞑想や日々の体験を通して、やさしさや愛に触れてゆく
その中で本来の自分に還っていくプロセスを綴ります

先週、セドナのホテルのオーナーさんと電話でお話をする機会がありました。


そこは小さいけれど、とても素敵なホテル。どこかかわいらしい雰囲気のある場所です。ラブラブ

あるご縁があって、コンファレンスコールでお話をしていました。


もう一人の参加者の方が、ふと「ところであなたはどこに住んでいるの?」とそのオーナの方に聞きました。


何気ないその質問に、「もともとセドナに家を持っていて…」と話し始めたその方が、

その流れでさらっと、


「そういえば、デイビッド・ホーキンズの家の近所だったんだよね〜」

とおっしゃったんです。


「ああ、あの『パワーかフォースか』の著者ね〜」と、みんなでとても自然なトーンで話が続いていきました。
 

私は内心、
 

「えっ…デイビッド・ホーキンズって、あの??」


と、少し驚きながら聞いていました。

デイビッド・R・ホーキンズは、アメリカの精神科医であり、意識の在り方を探求してきた人物として知られています。
 

目に見えないけれど確かに感じられるもの─その質やあり方が、私たちの現実にどのように影響するのかを、独自の視点で伝えた方です。
 

彼の著書の中でも、特に広く知られているのが、『パワーかフォースか』です。

 

この本では、「パワー」と「フォース」という二つの違いを通して、私たちがどのような在り方で生きているのかを、静かに問いかけてくる内容になっています。

そしてこの本の中で特に印象的なのが、「意識のレベル(マップ)」という考え方です。


人の意識や感情の状態を、ひとつの指標として表したもので、愛や喜び、平和といった状態は高いレベルに、恐れや怒りといった状態は低いレベルに位置づけられています。
 

また、そうした意識の状態を読み取る方法として、筋反射テスト(キネシオロジー)という、身体の反応を通して真偽を見ていく独自のアプローチも紹介されています。

 


ちなみにこれがシンプルにまとめた意識のレベル」の表。

 

私がこの本に出合ったのは、もう15年ほど前のことです。

その頃は子どもたちもティーンエイジャー。フルタイムで働きながら3人の子どもを育て、とにかく忙しい毎日でした。

なのでこの考え方に触れたとき、少しギクッとしたのも覚えています。(笑)

 

500が愛のレベルなのか、自分はいったいどのレベルなのかな~と考えました。ニコニコ

 

そんな方が、セドナに住んでいたなんて。


しかも「近所に住んでいたよ〜」と、普通のご近所さんの話のように語られていることに、なんだか少し微笑んでしまいました。
 

セドナって、意識やエネルギーの話が日常の中に自然に溶け込んでいる場所なのだなあと感ることが多いです。

そしてあらためて、そう思ったひとときでした。

 

セドナには、コロラド州発祥のオーガニックスーパー、Natural Grocersがあります。


オーガニック食品やサプリメント、自然派の日用品などがそろっていて、お野菜はすべてオーガニック。

 

 

(エコバッグはちょっと不思議なテイスト。)


それでいて、意外と手頃なものも多くて、私も時々ふらっと立ち寄ります。


今日はセールになっていたオーガニックの卵を買いに行きました。


レジに並んでいたときのこと。私の前にいたのは、70代くらいのとても上品なアメリカ人の女性。

その方がふいに振り向いて笑顔で――


「ほら、私の手、冷たいでしょ〜」ニコニコ


と言いながら、なんと私の頬をやさしく包むように触れてきたんです。


もちろん、全く知らない方です。


一瞬「え???」となりつつも、

とりあえずこう返していました。


「ほんとですね、すごく冷たいですね〜。
ほら、私の手はあたたかいですよ。」


そう言って、その方の手を軽く包んで温めてあげました。

……私も、セドナに慣れてきている?

それとも、少しずつ染まってきているのかもしれません。

今思い返しても、なかなかないやりとりです。


アメリカに40年住んでいますが、さすがにこれは初めて(笑)


レジの男性とその女性は何やら楽しそうに話していて、
彼女は私のことを「ガールフレンド」(女性の友達)と紹介していました。


(いや、私たち今会ったばかりだよね…)爆  笑

と心の中で思いながらも、そのままの流れに乗っていました。


会計が終わって、帰り際にその女性が一言。


「それじゃ、またね〜」


ほんの数分の出来事だったのに、なんだかじんわり心に残りました。


セドナって本当にやさしい人が多いのですが、今日はその中でもちょっと新鮮な体験。


そして同時に、こういうことを自然に受け取って、そのまま返している自分にも気づきました。


前だったら、もう少し戸惑っていたかも。


でも今は、ただそのままやりとりしている。


セドナにいると、人との距離が少しだけゆるむような気がします。


そんな日常の中の小さな出来事でした。

セドナの新しいストゥーパの奉納に立ち会えたことは、とても素敵な体験でした。でも、それ以上に心に残ることがありました。


実はあのストゥーパの場所は個人の方の所有地です。カテドラルロックが見えるエリアです。
 

 

 

その隣に住む所有者のご夫妻が、この場所にストゥーパを建立するために、長い時間をかけて準備をされてきたそうです。
個人の場所をこうして開いていくことって、本当にすごいことですよね。
 

また、信仰的な想いだけでなく、土地の調整や建設の準備、チベット僧の方々の受け入れ、奉献式の段取りまで、目に見えるところでもたくさんのことが積み重ねられてきたんだなと感じます。

 

 

 

当日は、なんと100名近くの方々が集まっていました。

その中にはボランティアとして関わっている方々も多数いました。オーストリアや南アフリカ、アメリカの他州など、この日のために何日も前からセドナに来て準備をされていたと聞いてちょっとびっくり。
 

また、私のように当日参加した人の中にも、マイアミやフェニックスエリアなど遠くから来ている人々がちらほら。このストゥーパのために、多くの人が時間と想いをかけてここに集まっているんだなぁと感じました。


当日のみの参加者も、ともにマントラを唱えながらその場に自然と溶け込んでいくような時間でした。
まるで瞑想をしているような、そんな感覚でした。それぞれの想いが重なって、ひとつの場ができていくような…とてもあたたかい時間でした。


そしてその日は、なんと偶然にも私の誕生日。ラブラブ
そんな日にこの場にいられたことが、なんだかとても嬉しくて、心がじんわりとあたたかくなりました。

参席した人たちには昼食やケーキも用意されていて、なんだか自分の誕生日も一緒にお祝いしてもらったような、そんな気持ちになり嬉しかったです。
 

やっぱりセドナって、こういう大切なことをふと感じさせてくれる場所だなぁと思います。

そして、こうして人の想いが重なってできる場に触れるたびに、自分の中にもあるやさしさや静けさに、少しずつ気づいていくような気がしています。