One for All , All for One !! 前編 | sylvania・・time

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人生に優しい時間が欲しくて、ちょっぴりシルバニアを集めてみました。

愛らしい小物達に、癒されに来て頂けると嬉しいです。

また、フィギュアスケーター鈴木明子選手の大ファンで、冬季は鈴木選手の記事も掲載します。

四大陸選手権。

感動したより、何より、「戦い抜いた」って言うのが、今の私の心情。

自分が、ね。

私が戦い抜いた日でもありましたーあせる


思えば、今季のあっこちゃんの試合、カナダ杯を多忙で見逃し、NHK杯からの観戦となった。

その時、あっこちゃんは、ショートの「キル・ビル」が鬼門になっていて、お友達の話では、カナダ杯も、フリーの「O」で、取り戻したのだと言う。


NHK杯もそうだった。

「キル・ビル」への不安を取り除けないようで、ショート結果は5位。

ここで、前回同様プレッシャーがなくなったのか、フリーの「O」は、鳥肌が立つほど素晴らしかった。


ショートへの賛美は後にして(こちらも本当に素晴らしい)、特にフリーの「O」を観て、感じる事・・。


青いかわせみをイメージしていると言うけれど、本当に、体重を全く感じさせない滑り出し。

観ていて思わず、目を疑う。

その余りの軽やかさに。

そして同じく、その腕の動き。

皆さん、自分の腕を動かしてみて下さい。


意外に重いんです。


でも、青い鳥を演じるあっこちゃんから、腕の重みは全く感じない。

人間の腕と言うよりも、小鳥の羽が、風にそよいでいるようだ。


そして、リンクを滑る足。

こちらも、全く体重を感じない。


「飛んでいるの?」


と、本気で思う。

一度だけ足を通した事があるが、エッジのついたスケート靴って、結構重い。


それがなくても、足は体重がかかって来るので、あんなに軽やかには動かないものだ。

バレエだって、トゥシューズを履いているからいいけれど、スケートシューズを履いて飛べと言われたら、さぞかし優雅さ、軽やかさは奪われるだろう。


でも、フリーの演技は、水辺の小鳥だから、あっこちゃんはその技術力によって、体重を感じさせない。

本当に美しい森の中の、水辺で、青い小鳥が神の為に、生きる素晴らしさを、軽やかに舞いながら、賛美しているようだ。


そして、後半のコレオ・シークエンス。

この瞬間、両翼を大きく広げて飛翔する小鳥は、青い小鳥から鳳凰になって風を切る。


そして、何より演技開始前からの、あっこちゃんの微笑んだ顔の美しさ。

同じ女性ながら、見とれてしまう。

あの、ショートの迫力ある顔を持った人と、同一人物だと思えないほど、神秘的に澄んだ、透明感のある微笑み。



私はNHK杯を見て、このフリーの演目には腰が抜けるほどに感動したし、惚れ込んだ。


だからグランプリ・ファイナルも、全日本選手権も、この軽やかで優雅で神秘的な美しさと、迫力に溢れた演技を、舞を、期待を込めて待っていた。


しかし、小鳥は翼を広げられなくなってしまった。


ショートでは、鬼門であった、「キル・ビル」の演目に、あっこちゃんが十分な自信を得て、好発進をしたが為に、今度は、

「今度こそ表彰台の一番上へ」の、意識が、緊張感と失敗したら、の不安になって、曲に入り込んで、彼女得意の世界を表現するよりも、失敗しない演技の方に、彼女の神経が集中してしまったのは、明白だった。


そして、全日本で、まさかの4位。


私は悔しかった。

何て言う、ていたらく。

何て言う、不甲斐なさ。


この怒りは、あっこちゃんに対してではない。

会場で、あっこちゃんの応援に行ってるはずの、ファンに対してだった。


あなた達は、あっこちゃんが緊張でリンクに出てた時、何で支えてあげれなかったの、と、怒りと悲しさで、悔し泣きした。

私は行きたくても行けないのに、行っているならどうして、全身全霊を込めて、応援して支えてやれなかったの、と。


あっこちゃんは、精神面に二つの大きな特徴がある。

感動に大きく呼応する、もの凄く高い、感受性、感能力。それが、彼女の表現力に繋がる。


その高い感受性には、必ず「もろさ」と言う、欠点が裏にある。


即ち、心もろくなくして、感受性が高いと言う事は、あり得ないと言う事。


心が強い、と言う事は、逆を言えば神経が太いと言う事。

神経の太い人に、繊細な感性も、感受性も存在しない。


あっこちゃんの、演技の素晴らしさはこの高い感受性と、高い感性の鋭さから生まれている。

だから、彼女が逆に言えば、精神的に弱いのは当然の事なのだ。


私はファンに対して怒った事。

不甲斐ないと思った事。


それは、何であっこちゃんの不安を分かってやれず、会場で彼女をサポート出来なかったんだ、と言う事だった。


でも、多くのファンは、そこまであっこちゃんの不安や自信の無さを分かっていないかも知れないし、(勿論、私が分かってるつもりだけの、勘違いの可能性もあるし)そもそも、そういう所を、彼女の言動から、読み取っていないのかも知れない。


だから、私からあっこちゃんファンのみんな、特にあっこちゃんを、推している、と言うファンの皆さんに、聞いてもらって、分かって欲しい事がある。いや、あります。



あっこちゃんの演技を幾度も観ました。

ファン歴は、2009年からと、浅いです。

私は元々、フィギュア・ファンではありません。

ただ、嫌いでもないので、テレビでたまたまやっていたら、子供の時から観ていました。


但し、競技大会は、すぐに飽きるのです。

フィギュアファンの方には、本当に申し訳ないんだけど。

みんな、さほどに個性の表現ないし、スケートを滑る面白さは、エキシビジョンで魅せてくれるのに比べ、試合になると、そういう魅力的な要素はなくなって、没個性的な、無機質な試合、点を取りに行くだけのー、雰囲気になる。


5人も滑ってる試合を観たら、もういいや、と、いつもチャンネルを変えていました。

なので、フィギュア・ファンの方の様に、技にも選手にも、詳しくありません。


但し、エキシビジョンは大好きでした。

あれだけは、たまたまテレビでやってると、夢中で観ました。

スケーターの皆さん、試合に比べてずっと表現豊かに、楽しそうに踊ってて、素敵でね。


あっこちゃんは、仕事中、出張先のお客様の家で、お客様がフィギュアを見ていたので、そこのテレビで初めて出会いました。


グランプリ・シーズンだったと思うけれど、お客様は、中野選手を応援していて、

「これで勝ったら、オリンピックへ行けるんだ。でも、復調して来た、この鈴木って選手が、好調でやばいんだよ。」


ふーん、と、思いながら、二人の演技を一緒に観てました。

そして、あっこちゃんの演技を観た時・・・・・、


「ナニ、この子!!??この魂で踊る、スケートは何!!!??何て、情熱なの、何て命を賭けているの・・・。」


お客さんには申し訳ないけれど、私はあっこちゃんに一目ぼれして、あっこちゃんの勝利に、心の中で、泣いて拍手を送っていました。


他のスケーターと、明らかに違う、人を惹きつける踊り。

試合なのに、エキシビジョンを観ている様な、特別な魅力。


それから、彼女のスケート、テレビ放送で観れるものは、ほぼ(去年のカナダ杯・・しょぼん)全て観てきました。

ただ、うちはBSも何もつけていないので、普通のテレビ放送しか観れないので、そっちで放送している試合は、残念ながら観れません。


経済的な理由から、BSだの、スカパーだのって、つけられないんです。


しかし、それでも彼女の演技を観て、成功する時、失敗する時、

そして、あの目力のある子が、リンクを出た瞬間、インタビューでは、急に表情が一変し、傷つきやすいか弱げな女性になって、か細い声で、静かに話す仕草や、目つきを見た時に、


ああ、何てこの子は、心がもろい子なんだ。

でもだからこそ、あれだけの感動する力を持っているんだな、と、感心しながら観ていました。


そうやって観ていると、あっこちゃんは、スケートで、滑り、自分を表現する事は好き。

その姿を、観客が呼応して、感動し、喜んでくれるのを、何より頼りで、幸せとしている。

自分の演技に観客が感動してくれる事、それに彼女は、「満足する」のではなく、逆に「感動する」のである。


これがあっこちゃんの最大の魅力だ。


なのに何処か、スケートから逃げたがってる、怖がってる気持ちも感じる。

誰でもスランプは経験するし、一度はスケート辞めよう!と思った事が、恐らくどの選手もあると思うけれど、この子の中では、そんな気持ちと、スケートを愛する気持ちが、毎日戦っているみたいだ。


彼女はもろいから、技術と言うものには、自信が持てないのだと思う。

目に見えない世界を創造する才能のある、人間だと言うのに、スケートの世界では、彼女は何か、目に見えるものが、逆にないと自分を見失ってしまうみたい。

彼女は、どんなに練習しても、技術から安心を感じられないみたい。

常に不安。

それが、繊細な表情に表れている。


きっと練習しても、練習しても、不安から抜け出せないと思う。

その繊細さが、彼女の感性の源なのだ。


精神面での強さは、感性の鈍化と言う結果に繋がる。


あっこちゃんはずっと、技術面よりも、メンタル面での成長や、安定を求められて来たと思うし、本人もそれが課題だったと思う。


繊細な彼女は、強く自分に自信を持つなど出来ないはず。

でも、スケートをやっていると言う事は、常に結果を求められると言う事。


彼女は氷上のアクトレス・・・こんな言葉をある実況の人が口にした。

そう、彼女は氷上のアクトレス。

感性豊かな彼女は、様々な人間やいきものになって、競技試合だと言うにも関わらず、その天性の力で、試合にまるで、舞台の様な感動を起こす演技をしてしまう。


しかし、その彼女の最大の持ち味が、どうしても点数にしっかり反映されない。

採点されるのは、むしろ彼女の持ち味以外の技術ばかりなので、ファンが観ても、


「あそこまでいい演技をして、この点数・・・。この順位・・・。」と言う結果になる。


あっこちゃんは、自信家じゃない。

だから、絶対的な、安心感を与えてくれる、自信がどうしても欲しいのを、切に感じる。

彼女の場合はそれが、グランプリや、世界大会、全日本などの、大きな大会での金メダルなのだ。


あっこちゃんの場合は、欲で欲しがってるんじゃない。

そういう貪欲な子だったら、もっと強い。


自分に自信があるから、金メダルを目指しているんじゃない。

自分に自信がないからこそ、スケートをやっている、確かな意味が欲しくて、金メダルを求めているのを、痛い程感じる。


彼女は、自分の支えとして、自分の不安を消してくれる、目に見える安心感として、それが欲しくてたまらないのだ。


グランプリ・ファイナル。

全日本選手権。


ショートを決めた後の、フリーの失敗で、それを特に痛感した。


この子は、こんなにも自分に自信がない。

そして、自信となってくれる、絶対的な約束を与えてくれる、金メダルを、自信がない故に求めるからこそ、返って失敗してしまう。


痛々しかった。


それが故に、会場にいた、あっこちゃんファンに腹が立った。

ショートの成功で、返ってガチガチになってるあっこちゃん。

そのあっこちゃんの背中を、どうして支えてやれなかったのかと。


緊張から失敗した時に、どうして割れんばかりの声援で救ってやらなかった。

迷いを断ち切る応援をしてあげなかった。

そう、憤って仕方なかった。


世の中には、応援に行きたくても、どうしても行けない事情がある人間だっている。


会場に行く、時間やお金がある人間は、ラッキーなんだと知って欲しい。

私は心から羨ましいもの。

そして、そこまで行くならば、どうしてあの子を支えてやらないのだ。

いや、勿論全てのファンに、それを求める訳じゃない。

ファンの中には、あっこちゃんの様に、控え目な子が多いだろう事は、普通の人間の比率で考えても、よく分かる。


でも、ファンの中には、あっこちゃんにない、強い意志と、勇気を持ったファンだっているはずだ。

その人達が、力一杯奮起すれば、会場を一気に盛り上げる事が出来るのだ。


あっこちゃんが、ミスをして不安が現実になり、迷った瞬間、それを吹き飛ばす勇気を、声援で送る事が出来るのに。


分かって欲しい。

あっこちゃんも、ファンも、彼女のメンタルを強くするのを願ってる。

でも、それは止めた方がいい。


物事には、必ず二つの面がある。

忠告しておきたいが、あっこちゃんのメンタルが強くなったら、あのしなかやでたおやかな、そして生き生きとした、迫力ある演技は必ず精彩を、代償として欠く。


繊細な感受性を残したまま、精神面を鍛える事は出来る。

でも、それは人生で10年、20年の歳月をかけて作るものだ。

生まれつき感性が並外れて鋭く豊かな人は、反面非常に傷つきやすく、もろい。


それを、美点を生かしたまま、要は、欠点を秘めたまま、(欠点を失ってしまったら、そこで美点も同時に失うから)必要な時、必要なだけの勇気や度胸を自在に出せる様になるには、相当の人生での苦労と経験が必要なのだ。


あっこちゃんが、まだ17歳くらいなら、私ももろい、感受性の強い部分を残したままで、いざと言う時にはきっちり出せる、強さや勇気、度胸を養う事を勧める。


でも、27歳で、スケートの競技選手として、後一年のみの続行を決めた彼女に、今、急激に最後のフィナーレを飾る為にも、メンタルを鍛えろと言うのは酷だ。


無理にそれを鍛えたら、必ずその代償が来る。

短所と思っている部分こそ、実は長所の一番核だったと言う事は、よくある。


あっこちゃんの精神的なもろさを、欠点として、そこを今、無理に克服させようとしてしまえば、彼女から、魂に訴えてくる、観客を泣かさずにはいられない、あの感動的なスケートの魅力は、必ず半減するだろう。


変わりに、技術を重視し、得点だけの結果しか残らない、そこらのスケーターと、大差なくなってしまう。



あるボクサーの話を聞いて欲しい。


マニー・パッキャオと言う、フィリピン人のボクサーだ。

彼は、現在、世界最強の実力を持ったチャンピオンである。

何と6階級制覇の王者だ。


彼はパンチやディフェンスに加え、何よりスピードを持っていた。

ボクサーに取って、早い動きが出来る足と言うのは、第三の拳を持っているにも匹敵する。

パッキャオには、この絶対的なスピードがあった。


しかし、体重によってクラスが変わるボクシングの世界で、6階級、6つのクラスを制覇すると言う事は、自分の倍近い身長の相手とも、戦うと言う事になる。


そういう相手を倒すには、筋肉の強化が絶対必要だ。

そして、パッキャオは訓練して、訓練して、強靭な筋肉を腕にも体にも、足にもつけた。

そしてとうとう6階級を制覇して、歴史に残るチャンピオンになった。


しかし、すぐにその代償が何であったか彼は知る。

体に重過ぎる筋肉をつけた結果、彼の武器であった、スピードを失ってしまったのだ。


強く、大きい選手と戦う上で、自分の弱点となる部分を消そうと特訓した結果、一瞬はそれで勝利を得たが、代償として、最大の武器であった、スピードが付き過ぎた筋肉によって失われた。


今尚現役で彼は戦っているが、その代償を抱えての試合は厳しい。

試合中に、彼の足はスピードを維持出来ずに、痙攣を起こす様になってしまった(プロゴルファーの石川遼は、外国人並みの、見た目のいい筋肉をつけた途端、その筋肉が彼の長所を奪い、実力が低下してしまった)。


貧しいミンダナオ島で生まれた彼は、今もそこに住んで、自分のファイトマネーを、故郷につぎ込んで、施設を作り、みんなの生活の向上の為に尽力している。


バラックばかりの小さな村で、彼は雨を気にしないで済む、大きな全天候型のレクリエーション施設を作りたいと思っている。

雨の日でも、皆がそこでスポーツをしたり、文化活動を楽しむ事が出来るからだ。


もう、年齢から言ってピークを過ぎた彼は、その夢の為に、ファイトマネーを稼ぐ為、後少し、リングに上るつもりでいる。



私は、あっこちゃんにパッキャオの二の舞になって欲しくない。

来シーズン、オリンピックへの出場を目標に戦い、そして引退するならば、今からメンタル面を鍛えるのは、返って彼女にとってマイナスだ。


これから、10年以上競技を続ける選手じゃないんだから。


じゃあ、どうやってあっこちゃんが、試合に出た時、メンタルをしっかり持つのか。

自信がない、常に不安な状態のあっこちゃんのままでは、本人が納得の行く、結果を出せない事は明白だ。


あっこちゃんのスケートセンスと、才能は、映画や音楽や、絵画の様に、採点制度ではない、「良いものは良い」、「感動的」、そういう、「感覚」で評価される分野の方が、有利なのだ。


ジャンプ何点。スピン何点。

そういう無機質な採点方式の中では、彼女の才能を十分に評価されない。

自分の才能を、十分に評価してくれない世界だからこそ、彼女は苦しみ、自信が持てないと思う。


どれだけやれば、認めてもらえるのかと、苦悩は尽きないと思う。


しかし、技術は、既に彼女は確かなものを持ってるし、後は本当はひたすら練習に没頭するだけでいい。


採点方式が、彼女を十分に評価しなくても、人間の心は、観客は、必ず彼女を評価する。

マスコミには、商売っ気だけで、人間の心がないから期待する意味はない。


フィギュアが、絵の様に、「最優秀賞」、「準優勝」、「優秀賞」、「努力賞」のような、感動を基準にした感覚的なものではなく、一つのジャンプ何点、の素っ気無い世界である以上、無理にその世界で、最高の評価を求める必要はないと、私は思う。


採点されない、彼女の世界は、どんなメダルの色や数にも勝っている事を、多くのファンは分かっている。


だから、メンタルは、私たちが引き受けるのだ。


私たち、と、言うと、無責任かも知れない。

私は、今回の四大陸選手権、10日に行われたフリーに合わせて、大坂へ行った。


しかし、実際は私の事情は、そんな自由を許さない。

そして、そういう目的の為に、チケットや飛行機代を、出せる余裕は全くない。


私が10日に大坂中央体育館へ行った経緯と、その時の結果は、後編で書く事にするが、ともかく、今回だけは、異例中の異例なのだ。


グランプリ・ファイナル、全日本。

あっこちゃんを不安から救えず、本来の力を出させてあげられなかったのは、会場にいたファンのせいだと思ってる。


義務はもちろんない。

でも、あっこちゃんのスケートの、感動が欲しいなら、あっこちゃんが私達を感動させてくれるように、ファンがあっこちゃんを支えて、リンクの上で、見えない力になって、守って欲しい。


それがなかったのが歯がゆくて、今回滅茶苦茶な苦労をして、他のファンに任せておけぬ、四大陸選手権では、必ず応援の力で、あっこちゃんを不安から守って、最高の演技をさせてみせると、闘志満々で、私は会場へ行った。


それについても後編で詳しく書くけど、結果として、自分の応援に満足してる。

いい仕事をした、と、自己満足出来てる。

でも。


例えば来月、世界選手権がカナダで行われる。

私は行けない。

自営業だから、休みは取れるけど、金銭的に全く無理。

私はボランティアをやっていて、稼いだお金はみんなそっちへ回しているから、働いても働いても、自分の自由になるお金が殆どない。



私が応援に行けるなら、こんな事を書く必要もない。

また、行けない私にこんな事を書く資格もないかも知れない。

だから、無責任な申し出かも知れないと、思う。


でも、カナダまで、フィギュアを観戦に行くお金と時間のある、あっこちゃんを特に応援しているファン達にお願いしたい。


メンタル面は、あなた方、ファンが全て、引き受けてやって下さい、と。


あっこちゃんに、自力で不安を取り除く様、求めたり、期待しないであげて欲しい。


彼女1人の精神力で、プレッシャーと、不安と戦いながら、あの、他のどんなスケーターにも真似出来ない、感動的な滑りをする様に期待するなんて、酷過ぎる。


確かに、不安やプレッシャーは、どの選手も感じているのは間違いない。

そして、シングルの選手は1人でリンクに立つ。


でも、その、あっこちゃん以外のどの選手が、私達にあれほどの感動を、競技の中で与えてくれた事だろう。


浅田選手がトリプルアクセルを決めた瞬間と、あっこちゃんが今回、「O」で序盤のアクセルの失敗以降、気持ちを建て直し、最後のコレオ・シークエンスでリンクを舞った瞬間と、人はどっちに魂を揺さぶられた事だろう?


前者の瞬間が「やった!!」なら、後者の舞っている瞬間は、涙が出る程の感動だったのでは?


トリプルアクセルを見て、胸が感動で震えて涙が堪え切れず、号泣した人、いたら面白いです。

トリプルアクセルジャンプが成功したら、「やったー!!見事!!」と、「痛快」な、喜びに満ちるものではないだろうか?


感動して、胸が一杯になって、体が震え、涙が溢れた。

あっこちゃんが、自信を持って感情を爆発させ、両手を大きく広げて舞った、コレオ・シークエンスを観たら、多くの人が、同じ感情を味わうのではないだろうか。



あの感動をくれる子は、他の選手の何倍も、プレッシャーに弱いのだ。

他の選手の何倍も、自分のスケートに自信がない。


かげろうの、薄く、美しい翅と、アゲハチョウの翅の違いの様なものだ。

他の選手の精神力を、普通の蝶の翅に例えるならば、あっこちゃんの神経は、ウスバカゲロウの翅の様なものだ。


しかし、だからこそ、向こう側が透けて見える程に薄く、もろく、透き通った翅だからこそ、その翅は七色の光を映し、どんな蝶よりも美しい翅なのだ。


この翅を、来期で引退する子に、どんな事があっても破れない様に、強く鍛えさせる事はないだろう。


とは言え、誰もが、あっこちゃんが本番で、実力を発揮出来るのを願ってる。

引退時期が決まったのならば、尚更だ。


だから、ファンの力があれば、この美しいかげろうの翅を、鍛えさせる事なく守り、その魅力を最大限に、本人に引き出させてあげる事が出来る。


それは応援の力だ。

あっこちゃんは、人の感情に敏感に感応する。

会場の空気が、自分がどんな失敗をしても、失望したりしないで、「さあ、全然大丈夫だから、次のステップを、スピンを、ジャンプを見せて!あなたの持っている全てが観たいの!」と、言う空気になれば、彼女は絶対にその空気を感じ、自信を得て、皆の感情に共鳴して、迷わず立ち上がる。


彼女の、高い感受性、共鳴力こそが成し得る、「応援を最大限に活かせる能力」

応援の力に、あれ程感応し、反応し、力に変える選手は稀有だ。

彼女のメンタルがもろいなら、感性の良さを逆手に取って、会場の空気で彼女を自信で満たせばいい。



何も心配しなくていい状態を、ファンは作れる。

あっこちゃんは、十分に練習にだけ集中すればいい。


試合になったら、色々な出来事が彼女を襲う。

例えば、今、あっこちゃんの一番のライバルになる、浅田選手や、追い駆けて来る村上選手の演技や得点。


現実に、実力、素質うんぬんではなく、マスコミの好みで、浅田選手や村上選手の人気は、あっこちゃんに比べて圧倒的に高く、試合では、その声援も、彼女を余計に不安にさせて、自信を一層持てない状況にしてしまう。


国民的人気を博している、浅田、村上選手と並んで、同じリンクで滑るのは、この二人と実力で全く劣らないあっこちゃんに取っては、余計にそれを気にしない神経が求められるのに、あっこちゃんはとっても繊細だ。


その、マスコミと国民の過剰な応援の不均衡から、不安を取り除き、あっこちゃんに自信を与えられるのが、あっこちゃんを最も応援しているファンだ。

あっこちゃんの中から、自信は恐らく絶対に出て来ない。

でも、私は甘いかも知れないけど、そういうあっこちゃんのもろさを愛してる。


ショートが確実に手ごたえを掴めば、今度はフリーが失敗しないかと、心配になるのが、あっこちゃんだ。

ショートが良かったから、自信を持ってフリーを滑ろう。

そういう度胸の持ち主じゃない。


だから、会場でファンがあっこちゃんを、支える。

それをやって欲しい。


私は、四大陸でやって来た。

誰にも負けない声援は、確実にあっこちゃんから不安を消し、彼女を迷いなく滑らせる自信になったと信じている。


だって、あっこちゃんを不安から守る為に行ったんだもの。

感動をもらいに行ったんじゃない。

自信をあげて、助けたかった。


そう、自信は、ファンがあげる。


あっこちゃんにはこう言いたい。

何も心配しないで、練習だけ頑張っておいで、と。

会場に来たら、必ずファンが支える。

無敵の自信を、ファンがあげる。

ファンを信じて、あなたは、何も心配せずに、自分の出来る事だけに集中していいんだよ、と。


私が自分を無責任だと思うのは、事、そういう事に関しては、得意中の得意としていて、誰も声を出せない緊張の中でも、それを制して声を上げて先陣を切る度胸があるくせに、だからこそ率先してやってあげたいこの私に、カナダやソチへ応援に行く、経済的な自由がない、と、言う事だ。


他のファンに、もっと強気で、もっと度胸を、あっこちゃんの代わりに試合で出して欲しいって言ってる。

本当は、カナダでもソチでも何処でも、あっこちゃんの挑む大会なら、必ず行って、他のファンの勇気になる程、自分が試合の緊張を壊す、楯として役に立ちたいと思ってる。


あっこちゃんを応援する、ファンを思い切り、会場で勇気付けたいと願ってる。


私も色々事情と、急務はあれど、後一年が、あっこちゃんの現役なら、こんな感動を何年もくれた子の為なら、その一年を、精一杯あっこちゃんに捧げたいと思うんだけど。


あっこちゃんは、みんなの感動してくれる姿が見たくて必死に滑ってる。

だったら私達は、あっこちゃんが自信を持って滑れる様に、声援の力で彼女に応え、彼女とファンと、一つになって、最高の演技を目指したらどうだろう。


One for All , All for One


続く