「軍艦島」の写真集をみせてもらってから、かもしれません
工場のある風景があたりまえのまちに生まれ、大人になるまでのほとんどの時間を、
天にむかってのびる煙突や海をぐるり囲むコンビナートの眺めを傍らに過ごしてきた自分にとって
まちのかおというのはいつも働く人の背中と共にあるものと、無意識のうちにすり込まれていたようで
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八幡製鉄所の燃えさかる高炉に胸あつくすると同時に、廃炉となり、もはやオブジェと化し、錆びたスペースシャトルのような格好をしたおおきな金属のかたまりには、なんともいえない気持ちを抱いたものでした。その気持ちは、山に登ってその雄大さに感嘆する、のとはちょっと違うんだけれど、ひとが知恵と経験を重ねてつくった努力の跡に、あたまの上がらない思いというか、たくさんのひとの人生がかけられてきたのだろうと、ふつうの暮らしを支えてきた逞しい高炉の担ってきた責任の重さへの感謝とでも言いましょうか、とにかく、「すごいなあ」という感心する気持ち。
役目を終えた場所に何かしらの感慨がわいてくるのは、リセットしたらあたらしくなる、というわけでもない現実を目の前に見るからかもしれません。はじまりがあれば終わりも在るけど、続いていく思いのようなものは時間を超えて存在するのかもなあと。
そんなことを考えつつ、この頃のまちづくりというものを考え、地元のことをぼんやりと思いだしたりしてしまいました。いいものをのこしていきたいという想いと、あたらしいものを取り入れたいという想いと、どちらも、まちに活気をとりもどしたいという部分では共通しているのではないかと思います。しかし、「人が集まればいい」からと例えばじゃんじゃんうるさいばかりのお店をつくるようなことは受け容れ難く、また、「旧いから大事だ」とただ闇雲に建物をそのままにしておくようなことを、わたしは、正しいとは考えません。
何故、ひとをよびこもうとするのか、 何故、其処に其れを残そうとするのか、 のこしたもので、何をしようとするのか。勿論、なんでもを理由づけをすればよいというものではないかもしれないけれど、 「どうしてそうしたいのか」 ということを突き詰めてちゃんと考えていくことをしなければ、あちこちで見かけるような、脈略のない、さみしい景観がぽこぽこうまれてしまうのではないかと思います。ごく一時的な利益のみ加味したような、場当たり的なやりかたには「愛」が、感じられないのです。「愛」のないまちは、そのうち、干からびてしまう。 干からびてしまったまちはいきぐるしくて、 ひとは、すめなくなってしまう。
たとえばわたしのすきなまち小倉でも、メルカート3番街 をはじめとして、いま、血の通ったひとたちが 「愛」をもってまちの再生がすすめられています。 わたしたちは時間とともに在る建築物をみることで、 其処に携わるたくさんのひとびとの「愛」をたしかめることができます (優れた建築物には、其れをつくったひとたち守るひとたちの気概や情熱がしっかりと感じられるものだと思っています)。
誰もが心に抱くたいせつな風景を重ねてみるようなことの出来るあたたかいまちなみが、小倉に、北九州に福岡に日本に、此れから先の未来にもきちんと息づいていきますように。願って、やまないのです。 なんて、夜が長くなってくると、拙いながらもあれこれ考えてしまったりします。って、「軍艦島」のレビューでもなんでもなくなっちゃいましたが、写真はもとより撮影日記も秀逸。色々と、考えさせられる一冊ではないかと思います。
というわけで、今週の本棚から★
●金土日の週末カフェ(営業時間 11:00-17:00)
●Malu Cafe/マルカフェ
〒145-0073 大田区北嶺町37-2
TEL/FAX:03-6425-8951
MAIL:chef@malucafe.com
東急池上線「御嶽山駅」より徒歩2分/「多摩川駅」より徒歩17分