愛犬、のこと | ●Malu Cafe●

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はじめまして、Malu Cafe(マルカフエ)です

今日は珈琲の話を書こうかと思っていたのですが、実家のいぬの話を少し。自分のために。

実家の、しばいぬが虹の橋をわたりました
16歳の大往生

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昨晩、祖父母と電話で話しをして、この夏も無事にのりきったね、よかったね。と、喜んでいた矢先。

はなれてくらして随分経ちますが、やはりぽっかり、心に穴の開いた寂しいきもちになりました。母のところで、ま た可愛がってもらえるといいな、って、そう思ったら、すこし安心して、ぽろりぽろりと涙が落ちました。奇しくも、今朝は久しぶりに、母の夢をみたところでした。夢に在る彼女は元気だった頃とかわらず、けらけらとたのしそうに、いつも帰りの遅かった父のためにわたしとふたり台所に立ち、じゃがいもの皮をむいたりお鍋の火を 調整したりしているのでした。父が帰り、たくさんの友人もあつまってきてじゃあみんなで何処かあそびに行こうってなって、席を立とうとしたら「お母さんは 此処にいないといけないから」って、また笑って手を振ったところで目が覚めました。母は珍しく黒い服を着ていて(母親は、いつも淡く優しい色目のやわらかい 服を好みました)、もしかしたら旅立つしばいぬのことを待ってたのかな、なんて思いました。こじつけかな

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実家で飼っていたのは雌のしばいぬで、「番犬」というのが、仕事でした。お布団にもぐりこんできたり、バナナを欲しがったり、読みかけの本を奪いに来るような黒いやつとは、暮らし向きも性質も大きく異なりました。 先代もしばいぬでしたがそれはわたしたち子どもが、この雌のしばいぬは、母が選んだいぬでした。 ちいさなときは、しばいぬなのに色黒でした。からだのわりに尻尾の大きなしばいぬでした。静かでやさしくて。当時、海外単身赴任の父、すっかり家に居付かなくなったわたしたちに代わり、家を守ってくれていました。
 
彼女は通常庭先にいて、わりとひとりで時間をつぶしていました。雷と風がこわいので、荒天時には玄関のたたきにいることもありました。祖父母の家では稀に座敷 にいることもありました。姿を見せ、声をかけるとまるまった尻尾をそれなりに振り回して喜んでくれはするのですが、適当なところで素に戻り淡々としていました。始終へばりついてくる誰かさんとは大違い。どちらがいいとかわるいとかではなく、そういう風にくらしていました。 のちに、母の介護との兼ね合いで、祖父母宅に引き取られていったのですが、そこでも、やっぱり淡々と、だけど、祖父にはちょびっと甘えながらしあわせに暮らしていたようです。

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そばにいてふれあった時間は、十年以上飼っていたしばいぬよりも、こちらに越して来てから一緒にいる店長ネオの方が、すでに長くなっているように思います。大きくなったしばいぬを、わたしは膝に乗せることはなく、同じ枕で眠ったこともないからです。

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人は人、犬は犬。
 
家族とはいえ、いぬとの距離は、そういうものだと思っていました。だから、実際、ネオとの生活に馴染むまでにはちょっと時間もかかったのですが、なんだろう、しばらくすると、実家のいぬとの距離感をひしと感じて、さみしくなってしまうこともありました。それも、どちらが正しいとかそういうことではないと思うのですが、抱きしめようとしてもめんどくさそうにぷ いとする茶色い彼女ののばしばしした固い毛をなでるほどに、もしかしたら愛も情けも注ぎ足りなかったのではなと感じてしまい、申し訳なく、やりきれなく、なんともせつなくなってしまうのでした。甘えることをしらないまま、老いてなお番犬としてたくましく立つ姿は凛凛しく映り、だけれどもすこしかなしくて、だからこそ愛しく思っていました。

先代のしばいぬ(こちらは、男の子)が跳ねられたときは、冷たく、かたくなった亡骸をいつまでも離せず、膝を抱え、玄関で泣き崩れ、その晩は、甘く熟れた柿をひとくち食べただけで何ものどをとおりませんでした。しかし、今日のしらせを聞いたわたしはいつものように台所に立ち普通に食事をつくって普通に食事を摂りました。味は、ちょっと分からなかったので、あんまり美味しくなかったのかもしれませんが。笑

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あのぶっきらぼうさが、恋しい夜です。

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店長と、しば子ちゃん

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ほどよい距離で、仲良し★でした