第七場（誠吉と常彦とタミとカナコ 中編)
誠吉 あのね、マヤちゃん？二人は、ある出来事が理由で、会うこと
が出来なくなったんだ・・・
早百合（マヤ） 何があったの？
誠吉 彼が高校生の時、ある人物との出会いがあって、その人物の影
響で彼は大きな夢を持った・・・
早百合（マヤ） ある人物？
誠吉 そう。仁山健二郞と言って、当時71歳で世界最高峰のエベレス
トに登頂した登山家なんだけど、仁山さんのドキュメント番組を
見て感動した彼に「全山を制覇する」と言う夢ができ、学生時代
は山岳部、社会人になってから登山サークルに参加し、休日のほ
とんどは登山に時間を費やすようになった・・・
早百合（マヤ） それで全部登ったの？
誠吉 （首を横に振り）彼は夢を果たすことなく、（上を指しながら）
山より遥かに高いところへ昇っていったんだ・・・
早百合（マヤ） 山より遥かに高いところ？
誠吉 彼はね、お星様になったんだよ・・・
早百合(マヤ） (驚く)えっ？お星様になると会えなくなるって、ママから聞い
たよ？どうしてお星様になったの？
誠吉 サークル仲間と谷川岳と言って頂上から見た景色が素晴らしい
と言われてる山を登る途中、仲間の一人から滑落に遭ったと連
絡が入った・・・
早百合（マヤ） 滑落って？
誠吉 高い場所を登ってる時に、足を踏み外して滑り落ちると言う
ことだよ
早百合（マヤ） ・・・・・・・・・
誠吉 （タミにこっそり）あの話をしても？
タミ （頷く）
誠吉 その連絡のあと、仕事中だった彼の父親を除く、彼の母親
とワシら四人で搬送された病院に向かった・・・
早百合（マヤ） （疑問を感じる）え、四人・・・？じいちゃん。四人じゃな
く三人でしょ？（タミに）ねぇ、ばあちゃん？じいちゃん四
人って言ってるけど、間違ってるよねぇ？
タミ それがね、四人だったの
早百合（マヤ） ？？？？
誠吉とタミにスポットが当たり、回想シーン。
字幕内容 常彦達が出発する一週間前、近所の公園を
物思いにふけながら歩くタミを偶然見掛けた誠吉が声を
掛ける。
舞台左にあるベンチに座り、缶コーヒーを手にタミと話
をする誠吉。
誠吉 （心配そうに）なんだか元気なさそうに見えるけど、もし、
悩み事があるなら、良ければ僕に聞かせて
タミ 実は・・・常彦くんのことで・・・
誠吉 常彦のこと？アイツがどうかしたの？
タミ うん・・・・。ホラッ、彼と付き合って結構経つでしょ？
彼と一緒に居ると楽しくて、山の話を聞くのも好きだし、
登山も続けて欲しいと思ってる反面、彼が登山に出掛けて
不在中に、ネットやニュースで登山遭難者の情報を目にす
ると、不安に苛まれる事があって、その時に思うの・・・。
彼は、二人のこの先のこと、どう考えてるのかな？って、機
会があれば聞きたいんだけど、思うように聞く機会がなくて
・・・
誠吉 ・・・・・。だったら僕が、代わりにそれとなく常彦に聞
いてみて、聞いたことをタミさんに伝えようか？
タミ えっ？・・・・・。気持ちは嬉しいけど、聞かなくて大丈
夫・・・。ゴメンね。（時計を見て）あ、もうこんな時間。
そろそろ行かなきゃ
誠吉 そぉっ？だったら止めとく・・・
タミ 聞いてくれたおかげで、気持ちが軽くなったみたい・・・。
ありがとう、聞いてくれて・・・
誠吉 ホント？だったら良かった
タミ （立ち上がり）じゃ、行くねっ・・
誠吉 （去ろうとするタミに）あ、あのさぁ・・・・
タミ （振り返って）えっ？
誠吉 もしっ・・・。誰かに話を聞いてもらいたくなった時、僕
を呼んでくれれば、いつだって駆けつけるから。話、聞かせ
て・・・ねっ
タミ （ニコッと笑って）うん。ありがとう・・・それじゃ（去る）
誠吉にスポットが当たる。
誠吉 それから2、3日は経ってたかな？常彦と話す機会があって、
タミさんは聞かなくていいって言ったけど、自然な話の流れ
で・・・
常彦が現れ、二人にスポットが当たる。
常彦 昨日、正人から結婚招待状届いたんだけど、誠吉は？
誠吉 僕も届いた・・・
常彦 同窓会の時に彼女の写真見せてもらったけど、あまりの可
愛いさに驚いた。あの正人が結婚かぁ。俺達、結婚する歳
になったんだな・・・（しみじみ）
誠吉 ・・・・・・。常彦は・・・
常彦 うぅんっ？！俺がどうした？
誠吉 いやねっ、常彦はタミさんとこの先どうしようと思ってる
のか、気になってね。ホラッ、二人が付き合って結構経つ
だろ？
常彦 あのねぇ、誠吉くん？もしかしてだけど、俺は山のこと
しか考えてない男だって思ってない？
誠吉 え？違うの？
常彦 バァーカッ！違うに決まってんだろ！まぁ、旗から見た
らそう映ってるかもしれないけど、タミちゃんとの事は、
誰にも話してないだけで考えてるよ・・・
誠吉 へぇ、そっかぁ。ちゃんと考えてたんだ・・・。因みに、
どんな事考えてるの？
常彦 実は、今週末にサークルのメンバー達と谷川岳に登るこ
とになってて・・・
誠吉 谷川岳と言えば確か、別名『魔の山』って呼ばれてなか
った？
常彦 さすが！誠吉くん、よく知ってるねぇ。その通り！！そ
の『魔の山』と呼ばれてる谷川岳を下山したあと、タミち
ゃんにプロポーズしようと思ってて、プロポーズの言葉は
考えてるし、どんな未来にしたいかも先の先まで考えてる
・・・。どう考えてるか聞きたい？
誠吉 （呆れてる）聞きたい？じゃなくて、聞いて欲しいんじゃ
ないの？
常彦 （笑う）ハハハ・・・バレたか。俺ねっ、もし自分が家庭
を持ったら、休日は家族でアウトドアに出掛けるって言う
夢があるんだ・・・。子供の時に体験した事が忘れられな
くてね。自然に触れた時のあの感動を、子供達にも同じよ
うに味わせてあげたいと思って・・・
誠吉 （苦笑いしながら）なんか常彦らしい考えだなっ！
常彦 だろっ？！でっ、登山のことは仁川さんじゃないけど、
病気でもならない限り続けようと思っている・・・
嬉しそうに話してた常彦から笑顔が
消え、強ばった表情で静かに話し始
める。
常彦 （表情が曇る）けどなぁ・・・
誠吉 うん？うん？急に表情を曇らせちゃって、どうしたっ？
？？？
常彦 誠吉、あのさぁ？
誠吉 ？
常彦 俺の、いまの正直な気持ち聞いてくれる？
誠吉 正直な気持ち？いいけど
常彦 ホント？助かるっ。実は・・・俺、いま悩んでんだ・・・。
彼女と一緒になりたいと思ってるのはホントだけど、俺が山
を登り続けてる限り、彼女を不安な気持ちにさせるんじゃな
いかって・・・。俺、彼女の笑った顔が好きだから、それだ
けはなんとしてでも避けたいと言うのが、俺の本心なんだ・
・・。（苦しそうに）けどな、俺、タミちゃんも登山もどっ
ちも好きだから、どちらか一つを選べって言われたら・・・
ムリ。一つになんて選べないって・・・
誠吉 ・・・・・・・・・
常彦 それでだ、誠吉？実はもう一つ考えてる事があって、それ
を話す前に聞きたいことが・・・
誠吉 聞きたいこと？
常彦 （様子を伺うように）最近どうなんだ？
誠吉 どうって、何が？
常彦 気になる人がいないか、聞いてんだよ。中学の時、隣のク
ラスの・・・えぇぇっと・・・名前なんだったか忘れた。可
愛い子から告白されて付き合ったは良いけど、卒業前に今度
は振られてさぁ・・・。それから浮わついた話聞いてないか
ら・・・でっ？どうなの？
誠吉 そうだなぁ・・・。あれから気になる子は何人かはいたけ
ど、いまのところは・・・。いないなぁ
常彦 そっか、いないか・・・。実はさぁ、誠吉に頼みたいこと
が・・・
誠吉 俺にっ？！え、なんだろ？ナニを頼むか見当つかないけど、
それって他のヤツに頼むこと出来ないの？
常彦 他のヤツに頼める事じゃないんだよ。俺が頼もうとしてる
事は・・・（しっかり目を見ながら）誠吉。お前にしか頼め
ない事なんだ・・・
誠吉 俺にしか頼めない？(独り言を言うように）俺にしか頼め
ないことってナンダ？
常彦の携帯が鳴る。
SE （着信音）
常彦 (電話に出る）ハイ、もしもし？はい、そうです。・・・・・
・あっ、そうですか？
誠吉 （ずっと考えてる）
常彦 はい、分かりました。いまからそちらへ向かいます。・・・
・・ハイ、分かりました。失礼します(電話を切り、考えてる
誠吉に）ナニまだ、考えてたの？
誠吉 （ムスッとした表情で）だって、俺にしか頼めないことが何
か分かんねぇんだもん
常彦 (呆れながら）ヤレヤレ・・俺、用事が出来たから行ってく
るわっ！
誠吉 ちょっと待て。何を頼むかまだ聞いてないけど？
常彦 いま急いでるし、そのうち話すから・・・。なっ？（何か
思いつく）そうだ。その代わり、良いこと教えてやる
誠吉 （少し不満そうに）なんだよ良いことって？
常彦 もし、気になる子が現れたら、気持ちはちゃんと伝えるこ
と・・・以上！！
誠吉 え、それが良いこと？？？
常彦 そうだよ。じゃ、俺いくわっ！（去る）
誠吉 オイ、ちょっと待って！！
タミと早百合が現れ、スポットが当たる。
誠吉 結局、出発の当日も聞く機会がないまま、駅まで見送っ
た・・・
早百合（マヤ） フゥーン・・・。ねぇ、ばあちゃんは、出発する前に
村瀬さんに会えたの？
タミ えぇ、 会えたわ。出発する前日の夕方だったかな？彼
から連絡があって、いつも待ち合わせしてる場所で会う
ことになったの・・・
SE（着信音）
タミ (電話に出る）もしもし？
常彦の声 あっ、タミちゃん？いまから会いたいんだけど・・・
タミ 実は、私も常彦くんに話したいことがあって・・・
常彦の声 （嬉しそう）そうなの？じゃさぁ、いつものところで会
おうっか？
タミ うん、分かった。じゃ、また後で・・・(切る）
常彦とタミにスポットが当たる。
タミ 明日だね・・出発
常彦 あぁ。天気がどうなるか気になったけど、いまのとこ
ろ予報では明日は晴れだと聞いてる
タミ 山の天気は移り変わりが激しいって聞くから気をつけ
てね・・・
常彦 分かった、気をつけるね。それはそうと、さっき話し
たいことがあるって言ってたけど・・・
タミ うん・・・。実は先週、病院に行ってきたの・・・
常彦 （心配そうに）病院？え、タミちゃん病気なの？まさ
かと思うけど、重い病気なんかじゃないよね？違うよね
？ねっ？ねっ？
タミ 常彦くん落ち着いて・・・。病気じゃないから
常彦 病気じゃない？だったら良かった・・・。じゃ、なぜ
病院へ？
タミ （お腹に手をあてて）いまっ、４週目なんだって
常彦 それってもしかして・・・
タミ （頷く）そう。このお腹に新しい生命が・・・
常彦 おっ、俺とタミちゃんの・・・。もしかして九州
へ旅行に行った、あの時・・・？
タミ と思う・・・
常彦 そっかぁ・・・。俺とタミちゃんの・・・(複雑な
表情）
タミ (不安そうに見る）どうかした？
常彦 どうもしないよ。子供が出来たのは嬉しいし、モ
チロン産んで欲しいと思ってる。ただ・・・順序が
逆になってしまったと言うことが、その・・なんて
言うか・・・。タミちゃんに申し訳ないことしてし
まったと・・・。タミちゃん、ゴメンッ！
タミ そんな・・謝らないで
常彦 実は言うと、タミちゃんを呼び出したのは、ただ
会いたかっただけじゃなく、下山したらプロポーズ
しようと思ってるって事を前もって伝えようと思っ
たからなんだ・・・
タミ そうだったの・・・。良かった・・・。知りたか
ったことが聞けて
常彦 ？？？？何が知りたかったの？
タミ （笑ってごまかす）フフフ・・・。気をつけて帰
って来てね
常彦 あぁっ。タミちゃんも、一人の体じゃないんだか
ら、身体冷やさないように気をつけて・・・
タミ うん、分かった・・・
誠吉とタミと早百合にスポットが当たる。
早百合（マヤ） 新しい生命って、赤ちゃんのこと？！
タミ そう・・・。そして産まれてきたのが、マヤち
ゃんのママなの
早百合、頭の中が混乱してる。
早百合（マヤ） えぇぇっと、えぇぇっと・・・。ママのママは
ばあちゃんだけど、ママのパバは、じいちゃんじ
ゃ・・・ないっ？！
タミ そう、違うの。マヤちゃんの本当のじいちゃんは、
（アルバムの写真を指しながら）ココに写ってる村
瀬常彦さん、この人が本当のじいちゃん・・・
早百合（マヤ） （写真を見ながら）この人が本当の・・・。（ショ
ックを受けてる）
タミ マヤちゃんのママもね、あなたと同じ歳の頃に本
当の事を知って、いまのあなたのようにショックを
受けて泣いてたわ・・・
早百合（マヤ） そうなの？
誠吉 あぁっ。二人で学校の授業参観を見に行ってしば
らく経ったある日、同級生の男子に「お前と父ちゃ
ん全然似てねぇけど、ホントに親子かぁ？ひょっと
して、どっかで捨てられてたのを拾われたんじゃね
ぇの？」って言われたのにショックを受け、帰宅す
るなり「私はホントにパパとママの子供？」とタミ
さんに泣きながら問い詰めたと言う話を聞き、いず
れ話すつもりだったが、その夜二人で話し合った結
果、ママに真実を話したんだ・・・ 。 後で聞いた
話によると、言った本人は全く悪気はなく冗談のつ
もりで言ったそうだが、その出来事からしばらく、
ママの笑顔を見る事はなかった・・・
タミ そう言う出来事があったから、マヤちゃんに話す
のはもう少し時間をあけた方が良いねってママと決
めてたの
早百合（マヤ） そうだったんだ・・・。じゃ、峯吉おじちゃんは
どうなの？
タミ マヤちゃんのママとは血の繋がらない姉弟になる
けれど、どちらも大事な子供だから、分け隔てなく
大切に育てたわ・・・
（誠吉と常彦とタミとカナコ 後編に続く)