想い出をありがとう。 | チャクラstyle

想い出をありがとう。

年末年始のご挨拶もできないまま2011年を迎えてしまいましたダウン

皆さんは2011年、良いスタートを切れていますか?

私は・・・ちょっと悲しいお話になってしまうのですが、こんな気持ち引きずっていてはいけないし、何も無かったかのようにブログを書くのも心が苦しいのでお話します。


前回のブログでも報告しましたが、年末は兄のヘルニア手術後の病院見舞いと友人のお見舞いと行ったり来たり。

結局兄は年始すぐに再手術をし、少しずつですが経過良好のようで、1週間ほどで無事退院をしました。

再手術するまではかなり落ち込んでいた兄でしたが、励ます姪っ子や世話をしてくれる奥さんの為にもリハビリにも前向きになるようになりました。


穏やかに過ごしていた年始だったのですが、

1月8日。奇跡を起こしてくれた大切な友人が逝ってしまいました。

病名は乳がんです

違和感に気づいてはいたものの病院へ行くのを後回しにしたが為に転移が広がっていたと彼女から聞いた時は、みんなで早く手術をして!と言っていたんですが、彼女のお姉さんから「転移がかなり進んでいたのと、個々のサイズが大きくなっていて手術しても全摘はできなかった。」と後から聞かされました。

私の母も乳がんでしたが、全摘して術後5年目の今でも再発はしておらず元気でいます。

だからどうしても手術してもらいたくて・・・手術で取りきれないと知っていた彼女に手術を勧めていた私達は、なんてひどいことをしていたんだろうって思います。

抗がん剤治療で頭髪、まゆげ、まつ毛が抜けてしまってもニット帽をかぶっていつも笑顔でいてくれた彼女。ツラい副作用に耐えていたはずなのに、自分のことより人の事ばかり気を遣い、自虐ネタで笑いを取ってはいつも私達に楽しい時間を作ってくれました。

ほんと、彼女はいつも笑顔・・・最期の寝顔も笑顔でした。


そんな彼女はギターに演劇、ベリーダンスなど多趣味。

さらに国際結婚をしていたので、彼女宅に訪れる弔問客は年齢層も幅広いし多国籍。弔問客は途切れることなく常に賑やかで、生前もそうであったようにほんと彼女らしいお宅(雰囲気)でした。


実は彼女には5歳の女の子がいます。

小さな娘を残して逝くことはとっても辛かったと思う。
成長した未来の娘へ節目ごとにメッセージを残しているそうです。


倒れるちょうど1年前、彼女と友人ら4人でベトナム旅行に行ったんです。

元気に喋って食べて笑ってずんずん歩いて、まさか1年でそこまで悪くなってるなんて思いもしなかった。

この旅行、私の旦那様が「考えたくないけれど、彼女がもう長くないかもしれないのなら、具合が良い状態の時に一緒に想い出作りをしておいで。」とすんなり旅行に行かせてくれました。

いま思えば行かせてもらえてありがたかったです。

想い出を増やすことができました。


もうすぐ彼女が旅立って1ヶ月が経とうとしています。

49日が済んだら、逗子あたりの海に散骨するそうです。

友人達とは宝石緑年に1度は必ず健康診断と乳がん検査他はしよう宝石緑彼女の命日もしくは誕生日にみんなで集まって食事をしながら彼女との想い出話をしよう、そう話してました。

専業主婦だと1人の時間が多く、彼女を亡くした悲しさや悔しさでたまらなくって・・・ほんと泣いてばかりの毎日でした。

でも人のことばかり気遣う彼女のことだもの、私のこと心配して困ってしまうといけないから私も前へ進まなきゃ。

彼女の分まで1日1日をしっかり生きていこうって思います。


ちょっと悲しいお話をしてしまいましたが、それは今日まで。

長くなってしまいましたね、スイマセンあせる

こんなチャクラをこれからも宜しくお願いしますおじぎ