いや、おもしろいほどに特性が出てくるということは、仮説通りだった。

構成だけではない、設定、条件、状況までが同じ。

考え方や言うことまで。

誰かが背中と言えば、一斉に背中と書き出し、しかもそれに説明までつけるようになり、、

それまではただ良い良い言ってるだけ。

不思議な現象が思いも寄らず目に飛び込み、話題になった。

ある者は一目瞭然、本当に丸々同じなコメントをして、それは異様だったそうだ。

むしろ、ものすごく疑問で、どうしたんだ⁉️となったらしい。

確かにそんなことしたら、誰が見ても分かるだろ⁉️なのだ。

どっからそんなこと、言葉が出てきたんだ?

そう認識できる。

経過を得て、並べて見ていても、ほぼみんなが気づくことだった。

わざわざ不自然に分かりにくい言葉を使いたがる。

その前はどうだったのかだ。

そこにも観て取れることがある。

なぜか?

なぜ、そういうことをしたいのか?

その根拠は何か?

科学的って何だ?

説明せよ。

普段、その分野に関与しない人から、突然出てくるものでもないし、そんなこと普通言う人を見掛けたこともない。

今の自分達には必要なことだが、わざわざその言葉を出すのは?

自分達は習うんだけど。

どこから知ったんだろう。

いつもどこかで聞いている、見ている言葉だな。

並べてみる。

だいぶ核心にきたし、確信へ。

これを待っているんだな、成果として。

研究では裏付けが必要だ。

あるものに対して、なぜ急に話を飾って言う必要があるんだろう。

今回は先輩達とも話したが、若干みんなの受け止め方は違うが、流れや見解は総意した。

どっちにしても、そういうことをし続ける奥にあるものを考えているところだ。

まぁ、見せ場を作りたいんだろうし、それで優越感を得たいんだろうか。

それにしても、それじゃ何がどうなってるか、目にしてる人達にはわかるんだろう。

そこが見えないのも事実で、それがケースなんだということみたいだ。

人が話すことを、必ず後追いする。

現状までも、そのネタまでも。

そして、それをいいことに意気揚々となる。

それを現実に直に目にすることもあり。

それと同じような現象が起きる。

同じサークルはあるもので、ケースは違えど行うことのタイプやパターンが似ている、または同じなのも見解のひとつだ。

周りの自分等が怒り、ざわついていたが、むしろ今は学習の場だな。

何でも興味を持てば、学びの始まりだ。

急に優秀になるはずもなく。

突然、専門用語なんかを持ち出したりするから、余計目立つし、何が起こっているか判断もできる。

賢い人はいるもので、突っ込んでくるんだな。

確かにそうだよな。

おかしい。言う通りだし、疑問も勉強への始まりだな。

甘くないな。

指摘されて、慌てて良く見られるように必死になる。

でも、それは長くは続かないのだという過程も見てきた。

全くサークルが違うからな。

🌕️🌕️真似か。

狡いってどういうことだろうな。

同等になりたい。

いよいよ核心と怒りが明らかになるかも知れないけど、それでいいんだと思う。

こっちはやることをやる。

時間がほしい。