東日本大震災から1年経ちました。
今日は朝から特番をずっとやってるんですけどあまり見ていません。


今は西宮に住んでいるけど阪神淡路大震災の時、神戸に住んでいたんです。
うちは新興住宅地で家自体の被害はほんまに小さかったけど
被害の大きかった隣の区の火事の炎で空が夕焼けみたいなオレンジ色で
火事で燃えた灰が降って来るのを母と玄関先で見ていました。
ライフラインが途切れて何がどうなってるかも分からなくて
ただ待つ事しかできなかったんです。


揺れの大きさでただ事ではない事だけは分かったけど
何も情報がなかったから父がバイクで職場と祖父母宅のある西宮に向かいました。
阪神高速に乗ろうとしたら料金所の人がこの先どうなっているか分からないから
気をつけて行って下さいって言ったそうなんですけど
阪神高速は揺れで倒れてしまってました。


通行可能な下道を通って何とか西宮に到着して祖父母宅に行くと
完全に潰れて1階部分がなくなってしまった家の前で
呆然とする祖父母がいたそうです。
古い家の多い町内で沢山の方が亡くなったそうです。
1階で寝ていた祖母が助かったのはほんまに奇跡やったけど
その後の避難所生活と仮設住宅での生活で祖母がおかしくなっていきました。


最初は同じ事をよく言うようになったなぁと思ったけど
でも年やからかなぁってあんまり気にしてなくて
学校が休みの時にたまーに会いに行くくらいでした。
両親が共働きで小さい頃から祖父母宅で過ごす事が多くて
祖母の存在が身近過ぎてつい学校や自分の都合を優先していました。


祖母が体調を崩して入院した頃には沢山の人の事を忘れてしまっていました。
祖母が亡くなった時になくした物がとれだけ大きかったかを思い知りました。
どれだけ後悔してももう祖母にありがとうの一言を言う事もできません。


人って死んでしまうとめちゃくちゃ冷たいんです。
こんなに冷たくなる前に出来る事がいっぱいいっぱいあったのに
どうしてしなかったんやろうってほんまにほんまに後悔して
悔やんでも悔やんでも悔やみきれなくて
あたしは今でも震災の話をしたりニュースを見るのが苦手です。


自分の近くにいる人が温かいって事
生きている事だけでも凄いって事を忘れたらあかん日やなって思います。
今日この瞬間に生きていられる事が幸せな事なんです。


祖母はきっとハタチになって振り袖を着たあたしを見たかったと思います。
もっともっと長生きしたかったと思うんです。


嫌な事があって明日が来なければいいって思う事があるかもしれないけど
その明日は誰にでも公平に来るわけじゃなくて
誰よりも生きたかった沢山の犠牲者の方々が迎えられなかった明日やと思ったら
どんな日であっても真剣に生きなあかんって思います。

今日はそんな事を考えながら当たり前の毎日に
ありがとうって感謝できる生き方をしたいなぁと思いました。



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