祖父の17回忌 | tanakasrのブログ

祖父の17回忌

今日は祖父の17回忌。
祖父が亡くなったのは、1989年。元号が昭和から平成に変わった節目の年だった。祖父は明治生まれのいかにも頑固な性格だったが、普段はいたって無口。毎朝早くから畑仕事に精を出し、夕方から始まる相撲中継を見るのが楽しみだった。
 
将棋を教わったのも祖父からだった。祖父の将棋は強かった。飛車、角抜き将棋でも僕は一度も勝てなかった。小学校から帰ってくるとお茶を点ててくれたこともあった。お茶は苦くてまずかったが、おまんじゅう目当てにがまんして飲んだものだった。
祖父の口癖を僕はいまでもよく覚えている。ご飯時、僕たちが食べ物を残したとき、普段口数の少ない祖父は声を荒げて叱った。そのときの口癖が「もったいない」だった。ほしい物はたいてい与えられた豊かな時代に育った僕たちにとって、「もったいない」という感覚は理解できなかった。当然祖父と口ケンカになる。兄貴は時代が違うと反発したし、僕も口にこそ出さなかったが、兄貴と同じ気持ちだった。今になって祖父が生きた戦前戦後の時代背景は理解できるが、小学生に戦前の食べるものがなかった時代のことを想像して理解しろと言っても無理な話だ。理解できないと解っていながらも叱ってくれた祖父の言葉は今も僕の中で生きている。
「もったいない」は、これからの日本にとって非常に大事なキーワードになると思う。
愛・地球博の開会式で小泉首相がいいことを言っている。以下引用<ノーベル平和賞受賞者マータイさんが小泉首相との会談で「日本の環境保護が進んでいるのは『もったいない』という気持ちが日本人にあるからだ」と語ったことを紹介。これからは「日本語の『もったいない』を世界に広げていきたい」と発言した。>
引用終
ぼくなりに「もったいない」を解釈すると、まだ価値のあるものを捨てること。価値のないものは捨ててもかまわない。価値基準は人によって、時代によって変わるだろうが、基本的に1年使わなかったものは捨てようと思っている。が、しかし、まわりを見渡すと捨てられないものが多い。困ったものだ。