薫がモヂカラを込めて夢への入り口を開く。源太、茉子、最後に丈瑠が飛び込んだ。
「ここが三途の川か?川なんかねえし」
栞の夢から辿り着いた場所で、周りを見回しながら源太が呟く。そこは枯れ木が立ち並ぶ暗い森。川などどこにもない。
「栞ちゃん、ここにいるのか?」
「多分ね」
不気味に立つ木の模様が何かの顔に見える。
「気味が悪いな」
「栞っ」
丈瑠が栞の名を呼びながら駆け出す。
「栞ちゃん」
茉子も呼ぶが、どこまでも続く不気味な森には、誰もいない。
このまま闇雲に探しても時間が過ぎるだけだ。
丈瑠が立ち止まって辺りを見回した。
「栞はここにはいない」
確信を持って言う。
「丈瑠?」
「なんで分かんだ?」
「栞はとても穏やかに眠っていた。もし、この森にいるのなら、もっとうなされていたはずだ」
栞はこういう場所は苦手だ。そう思い付いて空を見上げる。
枯れ木のそびえる空に、どんよりと雲が覆っていて、その遙か向こう一カ所だけ明るくなっている。
「向こうだ」
丈瑠がその空の方へ駆け出した。
二人が付いていく。
その明るい空にはなかなかたどり着けず、足元に大きな石が目立ち始めた。同時に辺りを不気味な赤い光が覆い始める。
「水の音がする」
茉子の言う通り、水の音が聞こえ始め、森が途切れて大きな川が現れる。
「これが三途の川・・・」
-ナアナアナア
侵入者に気付いたのか、河原の石の隙間からナナシが出てきた。
「お出ましか」
「すんなり行かせてくれそうにはないわね。丈瑠、ここは任せて。栞ちゃんを早く捜して」
丈瑠が頷いて駆け出す。
ようやく明るい空が近付いてきて、突然暗い森が終わり、その先は緑の森が続いている。
青空の下の、きれいな緑。
丈瑠がそこへ行こうとする。が、森の境目で、弾き返された。
境目に見えない壁がある。
「栞っ」
丈瑠が壁の切れ目を探しながら、何度もその名を呼ぶ。
「丈ちゃん」
源太と茉子が追いついてきた。
源太も向こうへ進もうとして、見えない壁にぶち当たる。
「なんだよこれ。向こうに行けねえのかよ」
源太がその壁を悔しそうに叩く。
「結界?」
「だろうな」
「なんでこんなところに」
「もともとあるんだろう。人が渡る場所と、外道衆を隔てるために」
「んなのんきに調べてる場合じゃねえって。行けなきゃ連れ戻せねえ」
「モヂカラは?」
丈瑠が結界を破るモヂカラをいくつか試すが、どれも効かない。
「くそっ」
源太が悔しそうに壁を叩く。
「丈瑠、あれ」
茉子が声を上げた。
緑の森から一匹の蝶が舞ってくる。
蝶は壁などないように、そのままこっちの暗い森へ入ってきた。
「向こうからは来られるのか」
「栞ちゃん」
声を限りに三人でその名を呼ぶ。
「栞」
森の中から栞の姿が見えた。声の主を捜すように辺りを見回しながら近付いてくる。
「栞、こっちだ」
そして、真っ直ぐに丈瑠達を見た。
なのに、その表情は変わらない。
「俺達が、分からないのか?」
「栞ちゃん」
三人が、更に栞を呼ぶ。
ナナシが追いついてまた襲ってきた。
「お前らの相手してる暇はねえんだよ」
源太がサカナマルで斬りかかる。
「丈瑠、急いで」
茉子も源太に加勢しながら丈瑠をせかす。ここにいられる時間が残り少ない。
「栞」
丈瑠が呼び続け、栞が不思議そうな顔をしたまま、それでも目の前までやって来る。
「そうだ、こっちに来い」
でも、境目の少し前で立ち止まってしまう。手を伸ばせば届く距離。
「手を伸ばせ」
丈瑠が悔しそうに壁を叩く。
栞は嫌だという風に首を振った。
「俺だ。分からないのか」
栞は首を振り続ける。
「栞、戻ってこい。手を伸ばすんだ」
「丈ちゃん、急げ。うわぁ、なんだこいつら」
ナナシが折り重なって、源太と茉子にまとわりついてくる。その身体は石に変わり、二人を逃さないように固めていく。
「源太、茉子っ」
「平気。丈瑠早く」
茉子が声を上げる。もうそろそろ期限の時刻だ。
「栞ちゃん」
茉子と源太も栞を呼ぶが、栞は首を振りながら後退る。
「駄目だ、栞、こっちへ来い。一緒に戻ろう」
「栞ちゃん・・・」
源太が消えた。
「丈瑠・・・」
茉子も消える。
「栞、戻れ。俺を一人にするな。・・・・・」
最後の言葉と共に丈瑠も急激に引き戻された。
一瞬後には、屋敷の庭にいた。源太と茉子も近くに膝を付いている。
「危なかったな」
源太が深く息を付く。
「お姫様に感謝、ね。自力では戻れなかった」
「丈ちゃん、栞ちゃんは?」
丈瑠が首を振る。栞の手は取っていない。
三人とも悔しそうな顔になり、それでも栞の眠る部屋へ向かった。
「殿」
栞には彦間が付いていた。
薫はモヂカラを消耗して、奥で休んでいる。
「栞は?」
彦間が首を振る。
丈瑠が膝を落とした。
最後の一瞬、栞が手を伸ばした。なのに、届かなかった。
丈瑠が、悔しそうに唇を噛み、項垂れた。