座敷に彦間が待っていた。
「殿、栞殿のお顔の色が優れぬ様でしたが、何かございましたか?」
丈瑠が彦間を睨んだ。
「ジイ、何故突然祝言の話などした」
彦間が少し驚いた顔をしてから、眉をひそめる。
「この間、本当は何を話し合った」
「殿」
「もし、あのまま俺と母上が命を懸けていたら、栞はどうなっていた」
「まさか・・・」
立て続けに問いただす丈瑠に、彦間が驚愕の色を浮かべる。
絶対に二人には、特にこれは丈瑠に知られたくなかった話。丈瑠がこの世を守る事に支障が出ない様に。
ほんの一握りの家老達だけで行われた確認事項。
彦間はもちろん、薫にさえ知らされてはいない。
でも、彦間にだけは、榊が内々に知らせた。
もし今回同様、薫に何かあれば志葉をどうするかと。
跡継ぎのできるまで、薫に命を大切にするようにとの申し入れは、当然聞き入れてはもらえなかった。
志葉の当主は戦う運命。これまでもこういう事はあった。
その場合の切り札。
志葉の血を引くもう一人の存在、栞。幸か不幸か、栞は薫と同等程度の力を持ち、志葉を継がせて問題ないと。丈瑠の存在がなくても。
だから、丈瑠に薫を守らせ、それでも駄目なら栞に跡を継がせると。
彦間は最後、辛そうに言った榊の言葉を思い出す。
『二人の祝言を急げ。念のためだ。姫が無事ならそれですむ。しかし栞は、どちらにしても・・・申しておる意味が分かるな?』
彦間が険しい表情をした後、諦めて口を開いた。
「もし、お二人ともお戻りになっておられなければ、栞殿が志葉を継ぐ事に。・・それ故、先日の話し合いの後、榊様が内々にジイを呼び、お二人の祝言を早める様に、と。・・・栞殿のために」
再び同じ事が起こる前に、せめて望む相手と結ばれる様に。
丈瑠が苦しそうに目を閉じた。
栞の不安は、全て起こり得た事実だ。
「何故あいつばかり・・・」
彦間が改まる。
「殿、先日、そのような話が出たのも事実。此度は、殿も姫も無事お戻りになりました。しかしいつまたこの様な戦いがあるとも限りませぬ。お解りになったのなら、すぐにでも祝言を」
「解らないっ」
「殿」
声を荒げてしまった丈瑠が、唇を噛んで声を落とした。
「・・・それでも俺はこの世を守る。ならば尚更・・・」
声が震えて、続けられない。
「殿っ」
襖が鳴って、丈瑠は奥へ入っていった。