食べ終わった膳を黒子に渡してから、栞が、丈瑠を寝かせようとする。
「じゃあ、もう少し眠って」
「もう大丈夫だ」
「ダメ。彦間さんが言ったでしょ。ちゃんと守らないと」
「お前こそ戻れ。ほとんど寝てないだろ」
唇を尖らせる栞に、丈瑠が額を軽く突く。
「そんな顔をしてもダメだ。戻れ」
「じゃあ、丈瑠様が眠ったら戻る」
折れそうにない栞に、丈瑠が諦めて横になる。
栞は静かに丈瑠の横顔を眺めながら、瞼が重くなってきた。眠ったのは、明け方ほんの一時だけだ。その上満腹になって、一気に眠気が襲い、ふっと倒れ込む様に眠ってしまった。
「栞?」
丈瑠が驚いて体を起こして、肩を揺するが起きる気配はない。
人に眠る様に言っておきながら、先に寝てしまった栞に、丈瑠は呆れた様に小さく笑って、仕方なく自分の布団に寝かせてから起き上がる。
もう寝ている必要もなさそうだったので、着替え始めると、彦間が入って来た。
「殿、まだご無理は・・・」
と声を掛けた所で、眠っている栞に気付いて驚く。
「眠ってしまわれたのですか?」
「ああ、・・・叱るなよ」
栞を庇う丈瑠に、彦間は微笑んで頷いた。
「これでは休めませぬな。昨日から心配されて、徹夜で看病しておりました。殿がお元気になられたので、気が抜けたのでしょう」
安心した顔で眠っている栞を、笑顔で見つめる彦間を、丈瑠が睨む。
「あまり見るな」
彦間がおかしそうに笑い出し、丈瑠がむっとする。
「どうされますか?向こうでお休みになりますか?」
「いや、いい。もう何ともない」
彦間が、何か言いたげに口を開いたが、何も言わずに襖を開ける。
「では、黒子にも来ない様に言っておきます故」
含み笑いを残して、一礼してから彦間が出て行く。
その後ろを睨んでから、着替え終わった丈瑠が、眠っている栞の隣に座った。
いつもは、髪に触れれば目を覚ますのに、頬に触れても起きる気配はなく、無防備に寝息を立てている。
丈瑠はしばらく寝顔を眺めてから、立ち上がった。
二時間程経って、ようやく栞が目を覚まし、記憶をたどる。眠った記憶も、部屋に戻った記憶もない。
「起きたか?」
文机に向かって、書を読んでいた丈瑠に声を掛けられて、栞が飛び起きた。
「私?ごめんなさい」
丈瑠を見ながら眠ってしまった事を思い出し、布団の上で正座して項垂れる。
書を閉じて、丈瑠が栞の前に座った。
「お前が寝てどうする」
「ごめんなさい」
もう一度謝り、首を竦めて叱られるのを待っている。
丈瑠が呆れた顔で栞の頭に手を乗せると、栞がびくっと身を竦めた。
そのままゆっくり栞を布団に倒して頭の横に左手を付く。
栞が見開いた目で、問うように丈瑠を見つめた。
「人の部屋で不用意に眠るな」
栞が眠っている間、何をするにも気が逸れて、こんなに集中するのが難しかったのは、生まれて初めてだった。
叱られた栞がシュンとした顔になる。
そっと頬に触れると、身を竦めたまま震えていて、見下ろす丈瑠の方が罰を受けている気分になり、引き起こした勢いで抱きしめた。
驚いたのか、怖かったのか、栞は震えながらしがみついてくる。
「俺を困らせた罰だ」
丈瑠が耳元で小さく囁いた。
二人の甘い生活に、忍び寄る不穏な気配。殿様御家騒動恋模様、第十九幕、まずはこれまで。