丈瑠は、潤んだ瞳で訴える栞の手首を掴んだ。
「ジイに聞いた。お前には何の責任もない。こうなる事は全て俺たちの運命だ。・・・俺が、影武者になっていなかったらどうなってたと思う?」
丈瑠が静かに聞く。
「こことは関係なく、自由に生きていけました」
栞の言葉に丈瑠は首を振る。
「俺は栞とは違う。身寄りのない俺を引き取ってくれる当てなどなかった。ここで当主としてジイに育ててもらえたのも、仲間達に会えたのも、全て影武者になったからだ。俺は、当主でない自分は想像も出来ない。正直楽ではなかった。けれど、得られた物もたくさんある」
丈瑠が小さく微笑む。
「それに、こうして栞に会えた。当主にでもならなければ、お前とは釣り合わないだろう。それとも栞は、姫になって、母上のようにどこかの家臣の許嫁が出来た方がよかったか?」
栞が大きく首を振る。
「前にも言った。栞は侍には向いてない。俺より怖がりで、嘘も付けない。どうして自分にやれたなどと思う」
ただ丈瑠を見つめて唇を噛む栞を、丈瑠が真顔になって見つめる。
「お前がここにいるのは、償いのためか?」
その言葉に、大きく首を振った栞が、ふっと倒れ込むように丈瑠の首にかじり付いて、きつく抱きしめた。
「違う。私はただ、丈瑠様が好き。ずっと前からとても好き。ただ、そばにいたくて・・」
堪えきれないように嗚咽と共に訴える。
丈瑠は、栞の背中をなだめるように撫でた。
「初めからそれだけ言えばいい」
そっと栞を離すと、指で涙を拭う。
「俺のものになれ」
栞が濡れた瞳で丈瑠を見つめた。
「私は、もうずっと前から丈瑠様だけのものです」
丈瑠が小さく笑う。
「なら、ちゃんと返事をしろ。俺と結婚するか?」
今度は、栞がしっかりと頷いた。
「・・・はい」
そして、不安そうな瞳で丈瑠を見つめる。
「丈瑠様は、私を好き?」
これだけ言っても、まだ栞は不安なのだ。
丈瑠が笑って、栞の背中に回していた腕を頭まで上げると、栞の頭を引き寄せて耳元に囁いた。
「好きだ」
栞が丈瑠を見つめたまま引き寄せられて、ぎゅっと目を閉じた。唇が触れて、栞は丈瑠の肩に回していた手に力を込める。
この間みたいに、曖昧な関係のキスではなく、正式な許嫁としてのキス。
唇が離れて、栞が恥ずかしそうに俯いてから、そっと顔を上げて、今までで一番嬉しそうな笑顔を見せた。
笑顔で返した丈瑠の眉間に少し皺が寄って、栞が首を傾げる。
「俺に何でも話せと言ったろ。何でいつもジイにばかり話す」
丈瑠が拗ねるように言って、栞がおかしそうに笑った。
「何がおかしい」
眉間に皺を寄せた丈瑠の首に、栞がまた思い切りかじり付いた。
「だって、彦間さんに話したら、いつもちゃんと解決するもの」
栞が丈瑠の耳元に囁いて、丈瑠は、思い切り面白くなさそうな顔をした。
「殿、座敷でいちゃつくのはお止めください。黒子に示しが付きません」
その日の午後、彦間にたしなめられ、丈瑠が思い切り嫌な顔をして彦間を睨んだ。
「見てたのか?」
「たまたま通りかかったのです。まあ、栞殿に求婚したのはよしとしても、やりすぎです。
ああいう事は奥でなさってください」
丈瑠が、眉間に皺を寄せて目を逸らす。
「なら、話も聞いてたのか?」
「はあ、これからも、ジイがよき相談相手になりそうですな」
彦間が楽しそうに笑って、丈瑠は思い切り顔をしかめた。
ようやく心にたまったわだかまりを吐き出し、丈瑠の胸に飛び込んだ栞。このままお二人が幸せになる事を願いまして、殿様御家騒動恋模様、これにて、ひとまず一件落着にございます。