こちとら365連休の真っ最中じゃ。ただが2連休の前くらいで騒ぐな。

 

・・・コンプレックスから、まっとうな社会人への威嚇はこのくらいにして、わたしの、気楽な無職ライフを今日も綴ろうと思う。

代り映えしない毎日、そんないつもと変わらない朝の空気が、少しひんやりと乾いていて肌に優しいとき、赤とんぼがそっと稲穂の先に着地したとき、季節を感じる。

止まっているようで、時間は確実に流れていいるのだ。

 

 そういえばわたしも最近はほうれい線と目の下のたるみが気になる。時間は流れる。最近はよく失ったもの、これから失われていくものについてよく考える。老いていくわたしはもはや子供ではなく、花の盛りが過ぎるとあとは散るばかりだ。

そんな大した盛りではなかったがやはり失うと惜しい。

 

 そんなわたしは無意識に、生活の中で永遠を探している。失わなくていいように、同じ今日がずっと続くように損なわれない、変わらないものをゴミ箱の下や、タンスの奥に探している。

そして見つからないことに無意識に落胆し、ため息をつき、忘れてまた日常に没頭していく。

過去にどんな偉人も、偉大な王も見つけられなかった永遠がそう簡単にみつかるわけがないのだ。そんなことも若からないから、わたしは頭が悪いのだろう。

 

 さて今日はいつも通り目を覚まし、作業所に向かった。朝、時間が余ったから読み止しさった小説を読み終えてしまう。

作業所で30分クロッキーをし、内職をする。いつもどおり、パソコンで昼から3時間落書きをする。

小さな躓きはありつつも、終礼時間になりわたしは荷物をまとめる。

するとある利用者のグループがお茶を飲みいいくという。今後の作業所内での人間関係の円滑さを鑑み、混ぜてもらう。

作業所から出て近所のスタバに向かい、桃のふらぺちーのを頼んだ。生クリームとカロリーの味を楽しみながらわたしは一方的にまくしたてられる話を聞き続けた。

わたしはあまり会話が好きではないが、コミュニケーションが職場内での人間関係に大きく影響する女社会においてあまり冷や飯を食わない。それにはちゃんと理由があり、こうして相手の話を何時間も真摯に聞くよう努めるからだ。

会話において発言者よりも、聞き手のほうが貴重だ。みんな自分の話を他人に聞いてほしいと思っている。

幸い、私はひとの話を聞くのは嫌いではない。だから愚痴でものろけでも聞き続ける。あまりに性格が悪いと不快になるが。

処世術といったところか、あまり長くいる気はないとはいえ居心地はいいに限る。

 

 さてまだまだ書けるが今日の日記はここまでにしておこう。日勤のこれから眠る人にも、夜勤のこれから仕事という人にも夜が等しく安らかでありますように。