突然だが私は人の冗談というものが通じない。
人が軽く冗談を言っても、私は全て本当だと信じてしまう。

 例えば、学生時代、私は親しくしている友人たちから麻雀に誘われたことがある。冗談で負けたやつは一枚ずつ服を脱ぐ脱衣麻雀をしようという話になったが私は間に受けて本当に負けて服を脱ぎかけたことがあるのだ。
 これには私のアスペルガーという障害も関わっているのだが、それにしても私は岩のように堅物で真面目過ぎるのだ。



 音楽の趣味にもこれは表れる。
私はアニメソングもよく聞くが、基本はクラシック音楽が好きだ。
有名どころだとバッハなんかをよく好んで聞く。バッハは宗教曲を沢山残しているのだが、その中でもキリストの受難を描いたマタイ受難曲が好きだ。重苦しいメロディ、磔刑に処されるキリストの苦難がよく曲から伝わってくる、と勝手に私は思っている。
 バッハは作曲家の他に、生前はオルガン奏者としてのほうが有名で、その性格は音楽性に表れるようにとにかく真面目だ。
真面目、道で100円玉を拾ったら交番に真っ直ぐ届けに行く子供だった私はとにかく前述したよう堅物で真面目だ。
この辺りで真面目な私はこれまた真面目なバッハにシンパシーを感じてしまうらしい。
私はそんな堅苦しく、時に重苦しくすらあるバッハの曲を聴くことがとても心地よいのだ。



 だから逆に享楽主義で破天荒な性格で有名なモーツァルトは私は苦手だ。
彼の曲も聴くには聴くのだが浮かれたような、華やかな彼の音楽は私にはあまり響かない。
唯一の例外はモーツァルトの残したレクイエムだ。 
 病気で死が迫り、寝込んでいたモーツァルトが病床で彼自身のために書いたと言われるレクイエム、結局この曲は完成することなくモーツァルトは世を去り、曲は弟子が完成させた。
 あの根明な作曲家、代表とも言えるモーツァルトも自分の人生の最後には真剣になったらしい。
最期にモーツァルトが残した一節が有名な涙の日、私は何度も繰り返し聴いている。


 つまらない私の真面目過ぎるクラシック音楽の好み、ここまで読んだ人は私はさぞかしつまらない真面目過ぎる人間だと感じるかもしれない。それを自嘲し、明るい社交的な性格に憧れていると想像するかもしれない。



 しかしところがどっこい、私は自分の暗く、傷つき安く、冗談が通じない人から嫌厭されがちな性格を気に入っているのだ。
広い、楽しい愉快な人々が多い世の中、真面目過ぎる私のような性格の人間も必要だし、神さまもそう思って人間を作られたと思う。

 こういうと変人扱いされるかもしれないが私は意外と冗談の通じない、真面目すぎる私の性格を気に入っている。