”プラーナヤーマとヨーガスートラとナーダブラフマー”素子先生が解説してくださった、ティワリジのヨーガスートラ1章27節の解釈から。「音そのものは、恐れも欲望も持っていない。何に対しても誤解もエゴも執着もなく、誰かに対して妬みもなく死への恐怖もない。それが音であり、そのものが神。人と人をつなぐものであって、神の象徴となるもの」リマインド✨