その状況に置かれないとわからないこと。
いま体験しながら、感じること。
制限のある中でしかいられない状況でも、
だからこそ、神さまの光が尚更輝く。
人はいろんな苦しみを抱えてるかもしれない。
外側から見えるもの、見えないもの。
誰もが繊細なそれをもしかしたら持っているかもしれない。
いつも思いやりを持っていたいと心から思う。
言葉の持つ力は、すごいから。
毎週、80代90代のおじいちゃん、おばあちゃんと顔を合わせて。
一緒に歩行訓練している95歳のおじいちゃんに
「今日は調子いいじゃない」
と、励まされたり、
「あー疲れたー」
と言ってる90歳のおばあちゃんに、
「がんばれ、がんばれ」
って応援したり。
長年介護の仕事をしている同年代の女性と話をしたりしながらね。
このときは、もしかしたら次回はないかもしれないって言う状況もあって。
そんな中で、励ましあったり、たのしくおしゃべりしたり。
言葉を交わさずとも、毎回懸命にリハビリしている50代の男性や、毎週同じ空間で、リハビリをしながら、みんな懸命に、そして笑い合いながら、リハビリの場にいて。生きている。
この体験がなかったら、感じられなかったこと。
この経験をしているから、気づいたこと。
自分や自分を取り巻く環境の中でしか生きてきてないから、今まで感じなかった思いや、それによって生まれた思いやりや慈悲。
それにより、前よりも強くなり、やさしくなれてたら、いいなと思う。
そのために神さまが与えてくださっていることだから。