先日、マスミ東京で開催された『神道のお話し』をぎゅうぎゅうなスケジュールの中
なぜかどうしても惹かれ、伺ってきました。
お話しされたのは、伊勢神宮で43年間奉職され、二度の式年遷宮を経験され、
その後、倭姫宮での奉職を経て退職された伊藤 徳太郎様。
ここ一年、度々ドイツに行き、世界中の人たちとお話をするのですが、日本のことをたびたび褒められます。又たくさんの方が、日本のことが好きだと言っています。
その方々に私は、いつも、天皇家が1500年以上(又はそれ以上)の年月毎日、日本国民のため、世界平和のためにお祈りをしていることをお話ししています。
伊藤様のお話の中で、「仏教では修行と言われていますが、神道ではそれは奉仕なんです」とおっしゃった時に、
私のサットグルの系統であるヒンドゥー教のヴィシュヌ派の道と繋がりました。
サットグル、パラマハンサ・ヴィシュワナンダに初めてお会いしたのは2016年の10月の終わりでした。
それから肉体の危機を救っていただき、導かれるままにグルジの愛の中で私のできることをさせていただいております。
それ以前も、ヨーガやアーユルヴェーダの学びの中で様々な教えを学んできましたが、この一年グルジから学ぶあらゆることは、私の魂が真に知りたかったことばかり。
ヒンドゥー教は、宗教のひとつとなっていますが、元々は「サナータナダルマ」であり、それは永遠の真理、永遠の法、道と訳され、あらゆるものの根源となる教えでした。
アーユルヴェーダを学んでますと全く同じことを感じますが、ヒンドゥー教の教えもまた、そのようだったのだということを知りました。
話がそれましたが、何が神道とヒンドゥー教の共通点かというと、全ては奉仕であるというところです。
グルジの組織、バクティ・マルガでは、バクティ・ヨーガの道を歩んでいます。
そして私たちは、バクタ、奉仕するもの、献身の道を歩むものです。
「ありがたい」「おかげさま」など日本人が使っている言葉からもわかるように、日本人は、意識せずとも、そこに神様があり、神様のおかげで全てがあるという世界にいるように思います。
なので、神道では、全ての行いは、奉仕になるのです。
奉職という言葉も、お仕事自体を神様にお捧げするものなのですね。
バクティ・ヨーガの道もそうです。
グルジが私たちに伝えてくださっている、マハヴァターババジのクリヤ・ヨーガ「アートマ・クリヤ・ヨーガ」もすべてのヨーガの行いを捧げるヨーガです。それは修行ではなく、献身のヨーガなのです。
グルジに出会う前から学びお伝えしてきたヨーガやアーユルヴェーダの英知も、グルジにお会いしてから、その根源にあるもの、ヨーガやアーユルヴェーダが何のために存在しているのかという根本のことを、魂の奥から知ることができました。
グルジのメッセージjust love、「ただ愛のみ」
本当に、愛のみだということを知り、またその道を歩み、日々その愛の恩寵を授かっていることに感謝しかありません。
気づこうが気づきまいが、神様はいつもここにいて、私たちを見守り、無限の愛を注いでくださっているので、
それに気づけ、生きられていることの、何とありがたいことかと、思います。
また、あらゆる行いを奉仕として行うことで、知らず知らずのうちに、執着が手放されていきます。
無執着、非暴力、知足などなどをがんばって行おうとしていた時もありますが、バクティの道を歩むと、本当に自然と無駄なものが削ぎ落とされていくのを感じます。
愛の中にいるのと、愛へと向かうのとの違いなのかもしれません。
それは、サットグルの恩寵に他なりません。
本当にありがたいかぎりです。
jai gurudev!!
パラマハンサ・ヴィシュワナンダが2年ぶりに来日されます。
詳細
http://bhaktimarga.jp/2018-darshan-satsang/
アートマ・クリヤ・ヨーガの一部であるオーム・チャンティングも、来日を期に開催されます。
http://bhaktimarga.jp/2018-maha-omc/
グルジの本
『ただ愛のみ』