去年の今頃、脚が痛くて階段も一段一段右足からしか乗り降りできなかった
それでその1ヶ月後に、骨折して入院した
あれから1年
1年前にそんなことがあったことすら忘れてしまうぐらい、ビュンビュン歩けるようになっている
ヨーガのクラスも今日から再開する
乳がんがわかってから8年が経ったけど
その間、3回転移 計4回ガンだと認識する機会があった
生まれてから今まで
そんなことがありながら、今が一番体の調子がいい
ただまだ体力は追いつかないから、自分のペースでじっくり生きている
って、今書きながら、これが自分のペースなのかもって思った
この世には、亀もいれば、チーターもいる。
私には、私の速度があるんだと思う。
その速度で生きられている今が、一番心地がいい
なんだけど。。
昨日、だいたい1ヶ月毎に行っている病院の診察の日で、
いつものように、血液検査と骨転移のための注射と処方箋をもらいに行った
ここ数ヶ月、血液検査のデータも調子がよかった
それに比例して、私の体感で感じる調子も、良くなっている
前回正常値ぐらいまで落ち着いていた腫瘍マーカーが少し上がっていた
そのほかの数値は、特に骨の数値が正常値になっていて、いい感じを示していた
腫瘍マーカーの少しの上昇も、そう言ったわけで心配ないでしょうと
腫瘍内科の先生は話していた
そんな中で、私は気になったことを先生に質問した
「この薬って、ずっと効くんですか?」
先生は「すぐに効かなくなる人もいるし、2〜3年効く人もいる。でもだいたい5年ぐらいです」
とおっしゃった。
骨折で入院した時に処方された薬は、数ヶ月で効かなくなったので、今の薬に変更した。
この薬になってから、ぐんぐんと良くなっている。
自分に合うんだなと思って、安心していたところがあった。
ところが、この薬もマックス効いて5年と先生が言う。
この時、思い出した。
この命はやっぱり有限だったんだって。
生きとし生けるもの全ての命は有限だし、その命がどこまで続くかなど
神のみぞ知ることだけどね。
改めて、有限だと。
自分が授かったこの命がどこまで続くかも神のみぞ知ることだが
たとえ今自分がどんなに元気になっているかを実感していたとしても
ガンがまだ自分の中でうごめいていることには変わりない
何かこう危機感を感じた
これからどうなるか?
4回目の転移がわかった時、もう自分にできることは、神と共にいることだけ、神と一つになることだけだと
瞑想の中で気づいた
そして、私のサットグル、パラマハンサ・ヴィシュワナンダと出会い
このように生命は回復していて、全てを神に捧げているので、なんの心配もしてなかった
けれど、病院で先生から薬の効く期間を聞いたことで
改めて、いつまで生きられるかなどわからないことを知った
その時に、本当に自分が生きたいように生きよう
自分の心が幸せに満たされる生き方をしようって思った
どうしても心は、外へと向き、外とのつながりの中で影響され
本当に自分が望んでいること、自分が一番居心地がいい状態を知ってはいるものの
自分から、その心地いい場所から離れていっていた
そこに違和感と、何かこう至福に満たされない重い感じがあった
霊性の道の中でも自分と他人を比べたり
あれしたいこれしたいと言う思いがあったり
自分 対 他人
自分 対 過去の自分
自分 対 未来の自分
自分 対 世間
etc...
グルジや神々に祈りを捧げたり、キルタンをしたり、チャンティングをしたり、ヨーガをしているときは、
「自分 対 何か」という世界にはいない
だけど、それ以外の時間はだいたい「自分 対 何か」の世界にいる
世間体を気にして、他人の声を気にして、遠慮して
無限の創造性にブレーキをかけている自分がいる
もう本当に自分を生きようと、昨日病院で先生と話をしながら思った
ももちゃんは自由だよねとか、今までだって自分を生きてきているじゃないと言う人がいる
けど、それも他人が他人と私を比べた時に出てくる言葉
本人が自由かどうかなんて、本人にしかわからない。
私は、これから本当に、自分を生きようと思う
真の自由の中で、限られた生命の時間を生きようと思う
それは、無限の魂、そのもので生きるということ
と、私は思っている
あの場所、神様とつながるあの場所
純粋な愛の場所
誰にも所有されていない場所
自分にすら所有されていない場所
その場所に
有限の生命を持ちながら、いつづけたいと思う
ガンになったのは、宿命だったのかもしれない
ガンじゃなかったら、自分の命が限られた時間しかないという危機感を持つことはなかったかもしれない
だけど、この世に生を受けたもの、誰にとっても命は有限なのだ
当たり前なことなど何もない
真の自由は、気づいていようがいまいが、誰もが求めているもの
一見、真っ暗闇に思える「ガン」という病
端から見たら大変だと思うことが色々起こるし、ガンだから死ぬみたいに思うけど
生と死は表裏一体
ガンのおかげで、生命の存在の尊さ、ありがたさを感じることができている
自分が心底望んでいることが何かを感じることができている
そして、自分ではどうしようもできなくなった時、大きな愛で救ってくれたサットグルに会うこともできた
ガンになる前の自分は、すべてを当たり前だと思って生きていた。
本当に自分が望んでいる生を生きていなかった。
心を不必要なもので埋め尽くしていた
これからは、
神様とつながるあの場所
純粋な愛の場所
誰にも所有されていない場所
自分にすら所有されていない場所
その場所に、有限の生命を持ちながらいつづけ
心は愛のみ、神のみで満たそう
追伸:
昨日、主治医に薬のことを聞いた後、私がこの病院に入院した頃、ここまで元気になると思いましたが?と訊いてみた
先生は、正直なところ、そうは思いませんでいた。あの時は、骨もボロボロでしたし。と言っていた。
それを聞いて、やはり私がここまで元気になっているのは、グルジがそうしてくれていることを再認識し、
薬がどこまで効くかとかそういうことは、心配することはないと思った。
それでも心配が完全になくなっているわけじゃないから、今度グルジに相談しようと思う。
無限の愛で包み、純粋な愛の場へと導いてくれるサットグル
パラマハンサ・ヴィシュワナンダに
愛と感謝を込めて。
グルジは言います。
神様は、求めればいつでもきてくれると。
神様のお慈悲は、無限なのだと思います。
あと何年生きるかなど誰にもわからない ガンで亡くなるかもわからない この薬が効かなくなるのかもわからない
1年生存率と言われて、もう何十年生きている人だっている
生きている時間の長さが大切なのではなく
どう生きたかが大切なんだと思う。
私は、昨日先生と話した後、自分が今この瞬間死んだら、後悔すると思った。
なぜなら、本当の自分を生きていなかったから。
マインドを不必要なものに支配されていて、本当に望んでいるもので満たしていなかったから。
自分をいつも満足させよう。
あと数年かもしれないし、あと何十年かもしれない
今まで生きた年数の倍以上かもしれない
いつかはわからないが、リミットがあることは確か
あれがしたいこれがしたいということより
マインドを神様で満たしたい
これが私の望み
だけど、グルジの愛が世界中に広まったらいいなとは思う
そのために自分ができることがあったら、やっていきたいと思う
精一杯。
愛を込めて