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主題は相変わらず
なぜ今までの婚活は失敗したのか?
今回のテーマは
オトコの黒歴史その④
アメリカの大学在学中に創成期の出会いサイトで知り合った、経営者の方。半年間のメル友期間を経て、まりかの帰国中に初デート。お会いしてみたらまさに想像通り、更に「こんな人と結婚したいな」と理想に思っていた通りの人だったんです。
そんなあこがれの人と急接近することになったのは、2度目のデート帰り。なんとデート帰りに、泥酔した相手ドライバーの車と正面衝突事故を起こしてしまうのです。
私だけ先に帰して、明け方まで事情聴取を受けた彼は、始発の電車で自宅に帰ると、トンボ帰りで私の両親への説明責任を果たすため、往復4時間かけて会いに来ました。
我が家はそれまでもボーイフレンドが家に来ることはあったし、割とオープンな家だったので、特に両親が怒りだすこともなく、むしろすぐに謝罪に来てくれた頼もしい彼に好印象を持ったようでした。
その後ほどなくして、私はアメリカに戻りますが、彼とのやり取りはそれまでと同じかそれ以上に頻繁になり、1年後に彼はアメリカに遊びに来たし、2年後にはなんと私の両親と一緒にアメリカまで来るほど家族ぐるみで仲良くなったのです。
私には姉が1人しかおらず、両親からしたら頼もしい息子ができたようで何かと頼りにしていて、アメリカにいる娘の私より、両親と彼が仲良くなっていたこともあったほどです。特に付き合うとも婚約するとも決めてませんでしたが、完全に親公認の仲でした。
私はキャリア志向だったので、そんな彼がいても「帰国後すぐに結婚」というつもりはなく、むしろ地元に戻らず東京で就職します。
東海地方と東京とはいえ、それまでの国や時差をまたいだお付き合いからはグッと近づいた私たち。いよいよ結婚に向かって、ふたりの関係が盛り上がる!かと思ったら、そうはならなかったのです![]()
彼はお母様の家業(宝石業)を手伝う傍ら、自身もジュエリーデザイナーとして活躍していたのですが、ヨーロッパ一流のアトリエで技術を学ぶチャンスが訪れ、イタリアへ移住してしまいます。
駐在とは異なり、帰る時期が決まっていなかったこともあり、若かった私は何年も待つ、という選択ができず、私たちはそこでお別れすることになりました。
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今は過去のトラウマを掘り出すことによって、マインドを整えていますが、同じようにこじらせちゃった方や、婚活中の方から「いいね」いただいたら、追いかけて読みに行ってます!
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