みなさんおはようございます。

今回は本人からの相談ではないのですが、支店長と新入社員との堂々たる不倫について、目障りだと不快に感じるという話を数人からの噂で聞いた、私の身近な社会でのお話です。


支店長は、店舗経験が殆どないため、商品部から「店舗経験を学ぶため」という名目で半年だけの赴任でした。

新入社員は新卒で、つまり22かそこらの女子です。

新入社員の入社と、支店長の赴任は同時期です。

彼女はわりとすぐにパートさんらに嫌われたのですが、私は仕事での人間の好き嫌い以前に彼女に特に興味がわかなかったため、それを「何故だろう」とかの疑問を抱くにはいたらず過ごしておりましたが、


あるとき、会社の同僚が私にこういうのです。


「彼女、支店長とデキてるよ。汚いね。」


不倫は、基本的に知れ渡ればまず非難は当然されます。

しかし、その噂話に乗るのは下品なので私は聞き流し、話を変えてその時は終わりました。

個人的な感想としては、「あの支店長は、若い子が好きそうだからありそうな話だ」程度にしか思っていませんでした。


しかし、この女子は意外にも物凄い神経の持ち主でありました。

外見は地味かつ不美人なのですが、(にこにこしているし私個人はそんなに嫌だと思うようなタイプではない)彼女の同期の女子新入社員に、

なんと「私、支店長のお気に入りなの。支店長は私の部屋に来ているの。」と堂々と言うのです。なんとその部屋は、会社の寮です。


支店長は既婚で、それは誰もが知ってます。

誰もが、不倫を知ってます。


彼女の同期の男性があるとき彼女に呼び出されました。テキストを貸して欲しいという理由で、ある喫茶店で待ち合わせしているとそこのお店の間の前に、そのときすでに半年の赴任期間を終えたはずの支店長の車で登場して、テキストを受け取るとお茶もせずさっさと去っていきました。


私がその話を聞いたとき、話し手の同僚はたいそうお怒りで、話しながらだいぶ興奮していましたが、これが大抵の人間の反応なのです。

自分の男を取られたわけでもないのに、不倫という行為に対して嫌悪感をむき出しにして、悪口三昧になるのです。

私は、この支店長の方にだいぶ配慮がないことから、こんな男、ろくでもないと感じます。私の感覚ですが普通遊びでも仮に上司なんだから、遊び相手を気に入っているならば(好きに成ってしまったならなおさら)、その相手の彼女がいじめられないように(いじめられるようなキャラでなかったとしても)、少なくとも会社の配属店舗全員に噂されるような軽率な行動はしないと思うのですが。


そんな彼女にたいする配慮はどうでもいいんでしょうね。

彼女も、若いからなのか頭が悪いのか、人を選んで自慢しているようで、見苦しいのです。


私もかつて似たような経験がありましたが、やはり大人なら隠し通すのがマナー、ルールと考えますね。男性が、軽率で考えなしだと思います。


しかし不思議なのが、まったく関係ないほかの人の噂ですね。

不倫の噂はみんな大好きです。そして、一度噂になったら案外あとが大変ということは頭に入れておきましょう。ヘタしたら、会社に居られなくなる可能性も高いですし、奥様からの慰謝料請求があるかもしれません。

遊びでも・・・それは発生し得ること。そこは自己責任なのですが、この二人はちょっと無神経・無計画・無責任ですね・・・。


会社では今まさにこの不倫話は旬で、そこらじゅうで休憩の合間などにこそこそと陰口が叩かれておりますが、私は全く羨ましくないので、話題にあがると適当に濁しております。


人のことなんだし自分に関係ないので、どうなろうとしったこっちゃない。それが本音ですね。

相談されれば別ですけど。


羨ましくない理由の一つは、この支店長は常習犯だからです。

会社の皆は彼女をより貶し責めますが、彼女に手を出す前に何人かきれいな人が口説かれていて、誰も相手にしなかったのでとくに綺麗でも頭がいいわけでもない、ただ若いだけの彼女が遊び相手になった、という次第ですので、私としては彼女にしたらたまたままわってきたパトロン代わりの男ができてラッキー程度にしか思ってないならいいけど、そうじゃなかったら(本当に惚れられたと思い込んでいるのなら)失敗したのではないかな?とかわいそうに思えてしまいます。


ま、余計なお世話ですけどね。

それに、真相は二人にしかわかりませんから。最初はどうであれ、付き合ううちに愛し始めることだって充分あるのですから。


ちなみに、支店長の家庭は子供こそいないものの、かなりの愛妻家で家庭は円満、ということなので、私は彼女が「たんなる遊び、お気に入りのあしながおじさん」程度の好意以上の好意を抱かないことを勝手にほんのり願います。

惚れ抜いてしまい不倫のどろ沼化も、経験としては貴重ですが、社会に出て一発目の恋愛で道を大きく誤まるとのちのちの人生に影響しますから。


それもまたいいかもしれませんけどね・・・。









人は、ひとりで生まれてひとりで死んでゆく。

だとしたら、今このときを好きだと思う相手と生きたいと願って自然。


そんな相手が、ずっと遠くの世界に暮らしていても

いつも一緒の空間にいるのに、心が遠く目が合わないとしても


このままあなたを望んで暮らします。


過去は変えられない。

未来はわからない。

それなら、今私は思うように生きたい。


私はあなたを苦しめる。

あなたは私を苦しめる。

本当に愛するってことが、その相手が相手の人生を思うように生きることに、手出し口出ししないで自由に振舞っているのを見守ること であるならば

私はこう思う。

本当に好きだということは、相手が相手の思うまま生きるのを、受け入れるということだと。


意のままにしてやりたいと思う。

しかし人は変えられない。変える権利もない。思い上がってはならない。

私は自由でいたい。


私は縛らない。


それでも、時々苦しいと感じてしまう。

能書きたれても、独占欲を押し付ける行為や、命令に従わせることを愛と考えるときもある。

あなたの愛する人は、あなたを認めていますか?


私の愛してきた人は、みんな私を認めてくれていました。



我慢して、我慢し切れずに傷つけあって血まみれで終わる恋を愚かだとは思わない自分もいる。

人間の多面性、それは当然ある。

思いを告げずに自己完結の、自縄自縛の呪われた恋もあるだろう。

相手あっての恋愛だと思う反面、浅はかだとか、勇気がないとは捨てきれない。


今、思う人がいるのならば、精一杯、思うことが、生きて居るということではないかと考える。


一人で生まれてきて、一人で死んでゆくこの世界で

同じ時代、同じ国、同じ世界に生まれたことがすでに奇跡なのに、

さらに出会って、そして惹かれあった奇跡。


好きな人がいるだけで、恋に喜び恋に苦しむということで生を実感し、私は生まれてよかったとさえ思ってしまうのだ。

恋多き悪女の皆様、およびそんな悪女に翻弄されもだえ喜ぶ紳士の皆様、お早う御座います。いかがお過ごしでしょうか?


人間関係を、人間を、大事にして生きていますか?


今回は、短いですが貴女への貴方へのメッセージです。


なんだか宗教チック教祖チックなのは好きではないので、「友達」に意見を言うときに私が殆どのパターンで言うことを書こうと思います。


それは、「自分はどうしたいのか」です。


愛に迷うとき、多くの人は疲れています。先が見えなかったり、先が見えていたり、選べなかったり、選ばれなかったり、色々、様様です。

そんなとき、「彼が~~・・・・って言うから」「彼女が~~・・・ってしたがるから」と、堂々巡り。結局、辛くてもしんどくてもいっつもそれ。その台詞で、またはじめからやりなおし。


中島みゆきさんの、「夢みる勇気(ちから)」でも聞きなさい。

あなたのことを歌ってます。


悩むのが好き。悩みを相談するのが好き。はたからみて“酷い”状況が好き。修羅場が好き。揉め事が好き。そりゃそうですよね。楽しいもの。

辛い・苦しい・哀しい・寂しい・淋しい

そんなの、当たり前です。恋したのだから。

それが、道ならぬ恋ならそんなもの当たり前もいいところです。


生きて居るって不思議でしょう。

恋愛や、愛がなくてもSEXすれば妊娠しますし、どんなに愛があっても子供に恵まれない二人も居る。愛とは関係なく、精子と卵子が出会えばそれは充分、人間になるのです。そう。愛とは関係なくね。


生きて居るから、求めた人が得られずに心が痛む。すると、心臓の辺りがぎゅーんと締め付けられるように、体も痛む。嫉妬で、発熱もする。血管が切れる。

生きてるから苦しい。


生を、存分に楽しみましょう。


何があっても生きていかなきゃならないのだから。


私の友人が言った、心に残る言葉です。

彼女は、夫と姑のSEX現場を目撃したショックから覚めやらぬうちに舅にレイプされかけ、幼い子をつれて身ひとつで逃げ出し、ようやく離婚が成立したあとも自分名義になっていた元夫が使い込んだ借金を返すために、風俗ではたらき、そこでもいじめのような目に遭い、同棲した男には幼い次男を虐待され、心ある熱い友人の手を借りてようやくその男を追い出したのです。

私は彼女に誤解があり、酷く傷付けてしまい、その誤解に気付いたときに自分に出来る精一杯の謝罪をしました。そのときに彼女がこういったのです。


「もういいよ。灯子さん。自分の人生を大事にして。何があっても、生きていかなきゃならないんだから」


明るくて、優しい女性です。


私は自分の失敗に恥じ、信じず疑いをかけてしまった彼女に連絡できずに数年を過ごしました。あるとき、共通の友人を通してまた彼女と連絡することができました。

彼女は仕事で成功し、男にたよらずとも一生生きていけるだけの財産を築いており、こころから人生を満喫しているように見えました。

私は、友人の成功がほんとうにこころから嬉しかった。

あのころの自分の醜さ、余裕のなさが、本当に恥ずかしいことだったと改めて思いました。そのことを再び謝罪すると、

「そんなことあったっけ?全然気にしてないから、遊びにおいでよ!」と、昔のように明るく誘われたのでした。


それから会っていません。


自分が、「人はどういおうがこう思う」なら、そう思うように行動してください。

たとえ間違えても、そのほうが後悔はありません。

人を傷つけたならば、その責任はなんらかの形で受け負わなければなりません。大人とは、そういうものです。責任は果たさねばなりません。


たとえ、愛が消えても、愛ゆえに犯した罪は消えません。

ひとつひとつの罪を放棄せず、心のままに生きていってください。