時計を止められた10年の歳月
(2016年8月9日書き記し)
この10年
かつては「生活の一部」だった「日常的な行動」が一切「不可能」にさせられていた事を改めて実感します
それらはわたくしの「生活そのもの」とも言える事柄
映画・音楽・落語・読書・美術館・旅
などなど
何れもごくごく極めて「日々の生活のさかやかな楽しみ」でした
この10年
其れ等が一切出来なく「されている」
フラストレーションは限界を突破し
窮屈さも限界を突破し
平坦な感覚にまで陥って居る
映画にしろ音楽にしろわたくしの「人間形成(人格形成)」には不可欠なものだし
それらが幼い頃からわたくしの「日常」であり「うるおい」でした
この10年
「一体なんなんだ?」
何かと「都合のいい理由」を付けられて押さえ付けられ世界を狭くさせられるのはこれ以上は耐え難い
あなたの「表層的な綺麗事」にはいい加減うんざりし過ぎて反吐がでますね
「綺麗事で押さえ付け」て了見や世界を「狭くさせられる」のはご勘弁願いたい
この10年
まったくわたくしはまったく成長出来て居ないし
自分を殺されて息苦し過ぎる
わたくしの時計は10年とまったまま