瓦礫の撤去と荷物の整理をしに、昨日・今日と実家へ行ってきました。
家族は車、私は一人バスに乗り、実家である福島県いわき市へ。
常磐道をバスに揺られ、回りを見渡すと、道はほぼ整備されているものの、地割れとうねりは数多く残っていて、水戸を過ぎたあたりから家の屋根にブルーシートが張られている家がたくさんありました。
いわき市内に近づくと、いたるところに「立ち上がろう、いわき」「がんばっぺ!いわき」とメッセージを掲げているところが多く、市内全体が復興へ向けて確実に前を向いていると感じ、涙が出ました。
叔母が駅まで迎えに来てくれて、そのまま実家へ。
実家の回りは瓦礫が道を塞いでいる為、近くに車を着けることができず、少し離れた所から徒歩で家に向かいました。
近所を見て絶句。
言葉も出ない…。
車は縦になっていたり、家は押し潰され、あるはずのない海岸に埋められていたヤシの木が近所の家の中に流れこんでいました。
これが、私が育った町なのか…。
受け入れたくないけど、これが現実。
まるで爆撃でも受けたかのように、家はぶち抜かれ、見渡すと瓦礫しかない。
家に着いて、さらに唖然…。
トラックが中に突っ込み、畳が剥がされ、隣の家の壁までも家の中にありました。
オープンキッチンのカウンターに食器棚が横倒しになり乗っていました。
水が入った痕が私の身長より高い位置にありました。
その高さ約2メートル。
家の中は瓦礫と砂だらけ。
片付けるにも、どこから手を付けていいかわからない状態。
父と母の物はほぼ1階にあり、全て泥だらけ。
3人の兄弟の部屋は全て2階にあるので、2階はそっくり残っていたけど、2階に上がると床が軋み、危ない状態でした。
自分の部屋に行って、卒業アルバムや思い出の写真のみをかき集めまとめました。
自分の荷物をまとめ終わり、1階へ戻り、父と母の荷物を瓦礫と泥の中から探せるだけ探しだしていると、姉が犬が繋がれていた鎖を見つけました。
鎖を必死にたどって、瓦礫をよけていくと、「いた!」との声がし駆けつけてみるとポパイ(愛犬)が横たわって優しい顔をして眠っていました。
どんなに寒かったか。
どんなに苦しかったか。
早く見つけてあげられなくてごめんね。
そんな思いでいっぱいになり、悔しさで涙が溢れました。
父が抱き抱え瓦礫の中から出し、暖かい毛布に包んであげて、家族全員で体を擦りながら埋葬しました。
悔しさでいっぱいだけど、と同時に見つかってちゃんと埋葬してあげれたという安堵感もありました。
姉がポパイを見つけたとき、晴れていたのに雨が数分降りました。
きっと、ポパイが流した嬉し涙だったんだと思います。
見つけてくれてありがとうって言ったのかもしれない。
たくさんの思い出をありがとう。どうか安らかに眠ってね。
これからも家族を見守っていてね。
天国から私を吠えないでね(笑)
被災にあった地に行って、たくさんの愛を感じました。
近所の人、町の人が1つになって助け合って、負けるものか!と必死に気張っていました。
その姿を目の当たりにして、私も負けるものか!と思いました。
その一方で、残酷な人たちにも出会いました。
泥棒も見ました。私の家も瓦が盗まれ、盗んでいるところを父がたまたま捕まえました。
瓦を盗むって…普通考えられないこと。
辛いのは皆一緒。
こういう時こそ助け合うときなのに。
今回の震災で人の醜さも、暖かさも両方見て、色々感じることができました。
震災が教えてくれた様々なことを胸に、これからもさらにしっかりと生きていこうと強く思います。
町と共に、東北と共に、関東と共に、日本と共に、世界と共に。
がんばっぺ!
家族は車、私は一人バスに乗り、実家である福島県いわき市へ。
常磐道をバスに揺られ、回りを見渡すと、道はほぼ整備されているものの、地割れとうねりは数多く残っていて、水戸を過ぎたあたりから家の屋根にブルーシートが張られている家がたくさんありました。
いわき市内に近づくと、いたるところに「立ち上がろう、いわき」「がんばっぺ!いわき」とメッセージを掲げているところが多く、市内全体が復興へ向けて確実に前を向いていると感じ、涙が出ました。
叔母が駅まで迎えに来てくれて、そのまま実家へ。
実家の回りは瓦礫が道を塞いでいる為、近くに車を着けることができず、少し離れた所から徒歩で家に向かいました。
近所を見て絶句。
言葉も出ない…。
車は縦になっていたり、家は押し潰され、あるはずのない海岸に埋められていたヤシの木が近所の家の中に流れこんでいました。
これが、私が育った町なのか…。
受け入れたくないけど、これが現実。
まるで爆撃でも受けたかのように、家はぶち抜かれ、見渡すと瓦礫しかない。
家に着いて、さらに唖然…。
トラックが中に突っ込み、畳が剥がされ、隣の家の壁までも家の中にありました。
オープンキッチンのカウンターに食器棚が横倒しになり乗っていました。
水が入った痕が私の身長より高い位置にありました。
その高さ約2メートル。
家の中は瓦礫と砂だらけ。
片付けるにも、どこから手を付けていいかわからない状態。
父と母の物はほぼ1階にあり、全て泥だらけ。
3人の兄弟の部屋は全て2階にあるので、2階はそっくり残っていたけど、2階に上がると床が軋み、危ない状態でした。
自分の部屋に行って、卒業アルバムや思い出の写真のみをかき集めまとめました。
自分の荷物をまとめ終わり、1階へ戻り、父と母の荷物を瓦礫と泥の中から探せるだけ探しだしていると、姉が犬が繋がれていた鎖を見つけました。
鎖を必死にたどって、瓦礫をよけていくと、「いた!」との声がし駆けつけてみるとポパイ(愛犬)が横たわって優しい顔をして眠っていました。
どんなに寒かったか。
どんなに苦しかったか。
早く見つけてあげられなくてごめんね。
そんな思いでいっぱいになり、悔しさで涙が溢れました。
父が抱き抱え瓦礫の中から出し、暖かい毛布に包んであげて、家族全員で体を擦りながら埋葬しました。
悔しさでいっぱいだけど、と同時に見つかってちゃんと埋葬してあげれたという安堵感もありました。
姉がポパイを見つけたとき、晴れていたのに雨が数分降りました。
きっと、ポパイが流した嬉し涙だったんだと思います。
見つけてくれてありがとうって言ったのかもしれない。
たくさんの思い出をありがとう。どうか安らかに眠ってね。
これからも家族を見守っていてね。
天国から私を吠えないでね(笑)
被災にあった地に行って、たくさんの愛を感じました。
近所の人、町の人が1つになって助け合って、負けるものか!と必死に気張っていました。
その姿を目の当たりにして、私も負けるものか!と思いました。
その一方で、残酷な人たちにも出会いました。
泥棒も見ました。私の家も瓦が盗まれ、盗んでいるところを父がたまたま捕まえました。
瓦を盗むって…普通考えられないこと。
辛いのは皆一緒。
こういう時こそ助け合うときなのに。
今回の震災で人の醜さも、暖かさも両方見て、色々感じることができました。
震災が教えてくれた様々なことを胸に、これからもさらにしっかりと生きていこうと強く思います。
町と共に、東北と共に、関東と共に、日本と共に、世界と共に。
がんばっぺ!