36. ソソッカとの晩餐

あ、この感覚私は遠い日の私の宮殿を思い出した お父様と歌いながらお散歩から帰ってくると 夕食の良い匂いが私たちをまず出迎えてくれる。 家族を呼ぶ声に等しいのスープの香りだ。 懐かしさに心がキーンと痛くなった。 私は祖国を離れて久しい。 傍らのペナポテは 星丸ごと失ってしまった。 けれども家族団欒の思い出は 誰にでもある。 ガラスとマーブルでモダンにデザインされた食堂に入るとこれまたシンプルでセンスの良い大きな食卓、ペナポテのシルバーのカッコいい宇宙船を思わせるフォルム。そこには ソソッカ王がたったひとりで座っていた。私たちを見るや否や ソソッカは椅子から立ち上がって「 ココさん、ペナポテさん、本当によく来てくださいました。ぼ、ぼくは 本当に、本当に嬉しいです」 と言いながら テーブルの上のナプキンをまたぼとっと落とした。 ここで私たちは他に人がいないことを確認してから学生時代のように笑い転げた。笑って笑って涙が出た。あの時のまま、あわてんぼうで気のいいソソッカ。彼もつられて笑っている。 ただ あの時の少年のボーイソプラノではなく今はすっかりおじさんの声になったけど。私たちは 一気にあの王族学校のクラスルームへと時を戻した。 懐かしい懐かしい友達。 あんなことこんなこと 私たちは 給仕係が 控えめにディナーを開始したいと頼みに来るまで 懐かしさに 堰を切ったように話をはじめていた。

「ソソッカ王、本当にお招きありがとう」私たちは これまでの経緯を手短に伝えた。地球での私の暮らし、ペナポテの今までの経緯。 彼は私たちの話を真剣に、食い入るように聞いてくれた。 彼は小柄だったのでいつも前の方の席、 私たちは彼の後ろ姿しか知らなかったが こんな風にソソッカと正面から向き合って話をするのはこれが初めてかもしれない。長身でクールなホッブス先生とは対極。お父様と似た、ちょっと無器用だけど誠実な愛情のある人に共通した恥じらいと同時にモラルに裏打ちされた為政者に相応しい決意ある眼差しを持っていた。

ご覧のように僕は同席する家族もないのです」

ひとしきり話に相槌をうち終えると彼はこう言った。「国政に追われて夢中になって。また今になってもう一度勉強したいとも思うのです、出来ることなら、宇宙バカロレアも取り直し

彼が話し出すや不意に優雅にドアが開かれて

まあまあ、あなた、ソソッカがこんなに楽しそうなのを見たのは何十年ぶりかしら」 優しい声と共に車椅子で現れた老婦人は続ける

本当によくお立ち寄りくださいました。あなたはペナポテ王女とココ王女でございますわね。 いつも孫のソソッカから話を聞いておりましたしお部屋にはあなた方と隣で写っている修学旅行の御写真が ずっと飾られていますのよ。ほほほ、本当に良かったわねえソソッカちゃん。 待てば海路の日和あり、って おばあちゃまが言った通りになったわねえ」

ソソッカは真っ赤になって

「お、おばあさま、 お食事をお召し上がりになるのなら今運ばせますが」

「いいのよ、もう 今日は早めに頂きましたから。 それよりお二方、どうぞごゆっくりなさってくださいませね。 ソソッカちゃん、あなたもこれまで本当によくこの国を立て直してくれました。もうあなたの好きなことをして良いのですよ。今後はあなたの喜ぶお顔が見たいわね。それではね」

華やかな お声を残しておばあ様は 立ち去った。ソソッカは またしどろもどろになったので私は話題を変えてみた。

そういえば あなたの国では人々が重力から自由に飛んだり跳ねたりしているけれどそれはどうしてなの ?鳥のように楽しそうね」

気を取り直したように彼は言った。

「ああ、 それはこうなんです。僕らの星ではもともと重力がないんです。 他の星からの来賓がある区画は重力を一般モードにしてあるけれども、僕たちが普通に生活するぶんには無重力なんです。 僕がしょっちゅう物を落としたりするのも僕らの星では落下するという現象が起きないから」

「そうなのね?おもしろーい!

生き生きと目を輝かせて 質問を連発するペナポテをソソッカは眩しそうに見つめていた。