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晴代という名の女
彼女をもしテレビ画面の中で みれば当然アナウンサーかと思うかもしれない。
マナー講師のような礼儀正しい言葉遣い カッチリとした エレガントなスーツ 背は高くなく低くもなく 何よりもその整った顔立ちが人目を引いた。 美しいラインを描く二重 それを縁取る 見事な眉。鼻筋がスッと通り なだらかに上がる韓国系の美人鼻。彼女の 耳に心地よい声を 響かせる 唇。 けれど彼女は自分の美しさに一切関心を持っていないような ふうだった。 丁寧に作り込んだ美人ではない もともと化粧っけのない小学校の体操服の 子供の中でもパッと人目を引く造形の美しい顔立ちだ。 しかし彼女はそんなことに頓着していない 。周りに彼女の美を長所として褒める人がいなかったのかもしれない。 それよりも彼女は 他に関心があるらしかった。 私が彼女を観察できたのも毎日のように彼女を人混みの中で見つけるからだ。 彼女が私に毎日声をかけると言った方がいいかもしれない。 彼女はせかせかと忙しい。 そう端的に言って彼女は新興宗教の 勧誘員なのだ。 何が彼女を突き動かしているのかは知らないしかし彼女の独特なエネルギー 人というのは 他の人の 記憶を顔でするものだと思うのだが彼女は一切人の顔に関心を払わない。 彼女の行動パターンを観察していると どうやら彼女は人の靴で 人と察知し声をかけるような習性があるようなのだ。 道理でほとんど私に毎日多いときには日に3回声をかけても 私を物とも人と認知しないわけだ。 靴をはいているものすべてに声をかけると彼女は決めているらしかった。 そしてもう一人、 彼女に付き従う若い男の影があった。 彼もまた古風な銀幕のスタアあるいは若死にした美男の文士かと思うくらいの男で 美形の春代の家族なのかはたまた恋人なのかわからないがいつも晴代に近からず遠からず付き従っていた。 彼も時々は群衆の一人に声をかける けれどはかばかしく行かないようだった。 春代は彼の方を見向きもしないが 見なくても全て察知しているようで 彼の動きが鈍ると彼女の方はますますせっかちに足を運び 人から人へと声をかけまくるのであった。 彼らの事務所での会話はどうなのだろう? 今日の成果について お互いに 意見を交換し合うのだろうか いやうまくいったいかないということの以前に とにかく活動的であることが彼らの一番の奉仕であるように感じた。 晴代は確かに彼の ボスであろうが 春代のある種なりふり構わぬような人々への食い下がり方を見ていると 彼女こそを群衆の中で凝視しているある眼があるのだと感じられた。 さすがに地元に住んでいる私をやっと住人と察知できてきたのかそれでも一週間に1度は 声をかけてきた 。一度まじまじと彼女の顔を観察 する機会があった。 彼女の目はどこも見ていなかった。私の顔がなく 私の頭を透過し遠くを見ているような。 ずっと彼女が声をかけた相手の反応から自分を防衛するためかもしれない。
美人には違いないがお化粧は丁寧とは言えなかった 。布教活動に熱心なのだから当然鍛えられているだろう話術 怪しまれない完璧なエレガンス しかし その天秤座風の エレガントなバランスが崩れた時の彼女の嵐の激しさをも想像できる気がした。 彼女はきっとあの男に当たる サンドバッグのようにもみくちゃにするだろう。 彼の存在意義はそうされることにあるのだろう。もう彼女のテリトリーから彼は抜け出せない。地球に付き従う月のように彼は 春代のそばにいる。 彼の美点である長身で美男という魅力を彼が自覚しないように今まで 飼いならされてきたのだ。 もし彼がその美点を芸能界にでも見出だされ晴代のテリトリーを抜け出すことになったら一大事だ。もし彼らの脳の中を見ることができるのだったら 山のように課題が積み上げられ 逆に認知機能という画面は全て 閉ざされているかのようであろう。 これは彼らの仕事である 今までこれでうまくいったこともあるから彼らはそれを続けているので もしかしたら彼らの新興宗教への入り口も 道端での勧誘だったかもしれない。 きっと今でも彼らは続けているだろう。晴代と私がを密かに名付けたその女性は