19.

「博士、ではこの設定を承りました。ご子息からも委任状を頂きましたので、早速日本にいらっしゃる奥様のところにも参りましてご希望の設定とお二人の再会の日程など伺って参ります。では今後は先生のお昼寝時にお伺いすることにします」

ペナポテはそう言うが早いか姿を消した。

私と博士の家族もアイスクリームを食べ終わると

「では、よい午後を」

とおたがいを祝福しあってベンチから立ち上がり、それぞれの帰途についた。

その日は別段、何をするでもなく過ごした。

夕方、といっても緯度の高いこちらでの6月は白夜とまではいかないが10時頃まで日の名残りがある。白鳥たちを思い思いに遊ばせ運んでいくドナウ川を美しい夕焼けがまるで溶かされた黄金のように染める。小鳥たちは早朝の合唱に備えて眠るときを知り、今鳴いているのは夜の鳥たちだ。明るいから昼、という定義をここでは改めなければならない、と毎年のことながら思う。

どうやったら屋外でそのように響く声で歌えるのだろう、歌うというより彼らには生存のためのシグナルであり実用の音なのだが。

そう、アルバロ星でも鳥が鳴いていた。地球と全く同じといってよい美しい風景がそこにはあった。そのこともあって私は今までそれほど地球に違和感を感じずに来れたのかもしれない。しかし、ある人たちはある時点から何かが違う、自分の居場所はここではないという思いに駆られることもあると聞いたことがあった。各自がほかの人のようでないと感じる疎外感、それは自分の出自の星から地球へ適合するためのプロセス、了解したうえでの設定を行っていなかったことにもよるのだろう。もし、全ての人にさっきペナポテが博士に行っていたような設定がされるのだったら、どんなにか生きやすく、またそれぞれに起こってくる事象や、かかわってくる人物に対して自分の設定したドラマを演じてくれているのだ、という敬意を持てるだろうか?

そんなことを考えているうちにペナポテが現れた。

「あ、ペナポテ、お帰りなさい。お疲れさま、日本は遠かったでしょう?」

「いいえ、全然。私たちの移動は地点と地点をつなげるだけだから一瞬よ。それにしても・・」

「先生の奥様、ラディアータ夫人に会えた?」

「ええ、お会いできたわ。本当に博士の言う通り、地球に来られたのが大喜びでらして・・。憧れの文学通りに人生のプランを組みたいと仰るのよ。とても素敵な方なのだけどちょっと文学的すぎて疲れたわ、博士のようにすっきりとはいかないので。まあ一応まとまりそうなものの・・」

「大変だったわね。ところで博士との再会予定は合いそう?」

そこでペナポテはふーっとためいきをついた。

「それなんだけどね・・。お二人の見解がまるで異なるというか・・。お聞きしたらあちらがかえってびっくりされてこうおっしゃるのよ。

“あら、私は私の人生を楽しみに来たのであって夫とは再会なんて約束していないのよ、だって宇宙の故郷に帰ればまた会えるじゃない?彼も地球植物を調べてまた論文を書くいい機会になるかと思って一緒に申し込んだけれど”

私は一応博士のご意向をつたえると“それじゃ彼の第一の恋愛、若き研究者を支える心優しき婦人っていう役でいいわ。ゲーテのウェルテルみたいで素敵じゃない? あら、でもそれじゃすぐ死んじゃうわねえ。彼幾つまで寿命を設定してるのかしら?”とまあこういう具合なのよ」

 

「わあ、面白い方ねえ。きっと地球中の文学を体験されたかったら大変なことになるわね。作品によっては戦争や天災も起こしかねないわ」

「そう、だからひとまず時間稼ぎしてきたの。ともかくグロブルス博士は夫人とのご生活を地球での大きな目的のお一つに据えられておいでのようです、とだけお伝えしてきて。ラディアータ夫人もさすが文学部教授、

”もう少し練り直して見ます。地球での人生を大切に、あとで振り返ってみて味わい深い作品として生きる必要がありますね“と、いうわけでまた数日後彼女のお昼寝時にお伺いするの。ココ、あなたも一緒に来て、私一人じゃとても無理。地球での先輩ココが言うことなら説得力があると思うのよ。実際に地球で生きるっていうことはどういうことなのか教えて差し上げるといいと思うの。いくら設定があるとはいえ」

 

私は次回のラディアータ夫人の設定に同行することにした。続く

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