4. 宇宙倫理学 ホッブス先生の叫び
「ココ、さぞ学校で不安をかかえているだろうね。我々大人がこんなことで本来まもるべき君たちを悲しませるのは私も辛いことだ。ペナポテ王も同じ思いだろう。我々の友情には全くかわりない。学生時代にも我々は何度か喧嘩したし、そのあとでなおいっそうお互いへの信頼も深くなっていった。しかし現在のそれぞれの立場で果たさなければならぬ義務というのは選択肢はほぼひとつしかのこされていない。我々、治政者というのは役をあてがわれた役者のようなものだ。演劇の台本通りに演じなければならない。友情や一存で動くことままならぬ立場だ。学校で演じたシェイクスピア劇のように学園祭が終わってからすぐ降りることの出来るロミオではない。仕方がない、と言うことは大人の我々としては無能部類に属することを意味するだろう。一流の役者であれば出演する作品を選ぶこともできるし、さらには台本から書くことも出来るからだ。ちょっとしたことも感じとり疑義を呈し出来ることならもっとまえの宇宙の設定からやり直しに参加したいものだ。とこんなことを書いてもしょうがない。とにかく国民とココ、家族を無事に護ること以外私の念頭にない。ペナポテ王女とも辛いだろうがお互いの友情を信じて今は気強く生きてほしい」
ペナポテも実家から同様の手紙受け取ったらしい
私たちはお昼ごはんのあと、人気のない廊下の片隅で喋った。
「パパたち、どうもうまいこと書いてると思ったらロミオの件、卒業式の時の校長先生のお話だったみたい。他のパパたちもそう書いてきてるって」
「パクりかー。なんかかわいいね。でも自分達の学生時代覚えてるんだ」
「パパは自分がロミオ役やったっていってるけどママにきいたら《あら、友人3だったわよ》って。話盛ってる」
「私たちのようにクラスメイトだった同士が戦争かあ」
そのとき宇宙文科省の役人の1人が意味ありげに私達のあいだを通り抜けた。
彼らは生徒たちを護衛しているという名目のもと学校を監視巡回していた。校長先生の定例の講話では戦争について一切触れず、そのかわり教頭が役人と一緒に各クラスを訪れて
「皆さん、ご父兄から御手紙が届いていると思いますが、これまでのあなたたちの友情に変わりはなくとも情勢を考慮した行動を心掛けるように」と触れて回った。
グループ学習、実験、体育でも敵対しあう国出身者どうしでは組ませず、カリキュラムも戦争色が濃くなっていったある日、ひとりの教官が叫んでいるのが聞こえた。
「何だこれは、何のための教育だ !私たちは宇宙平和だ、正義だ、倫理だ、とこうならないために教育してきたのではなかったのか?我々教師はいったい茶番を教えてきたのか? !皆仲良くしろ、皆と遊べ !誰彼かまわず話をしろ !敵国がなんだ !君たちの親の国王たちもすべてここの仲間だったんだぞ !」
皆急いで外に出てみると宇宙倫理学のホッブス先生だった。彼は校舎に向かって叫びながらも文科省の役人に校庭をひきずられていくのがみえた。
それでもなお先生は叫び続ける
「頭の都合に振り回されるな、心を泣かせるな!」
「心を泣かせるなあっ」
ひときわ高く叫んだあとピタリと声は止んだ。全校の生徒と職員が校庭に出てきていた。
あのホッブス先生が! 彼は普段はあまり目立った言動をするタイプではなかった。指導すると言うよりも我が道を行く哲人、寡黙な人だった。授業中に答えた生徒のある言葉が彼の心の琴線に触れると突然カッと目を見開き輝かせブツブツとそのフレーズを繰り返しながら上機嫌で教室を出ていってしまう風変わりな先生で、残された私たちはそクラスの優良発言者を称えたのち、自習という名の自由時間を楽しんだものだった。彼は言語や概念だけで生きているかのような痩身で蓬髪、けれどもひそかに人気があった。女性の先生たちは泣いていた。私たちは声も出ず凍り付いたようになり恐怖が学校を覆った。
閉校が告知されたのはそれから数日後のことだった。続く