2. スペースメルヘン  「カスタマイズ特使 宇宙王女ペナポテ」

「あなたさっきから 設定設定って言ってるけど私何のことかさっぱり分からないわ。 それにあなたはどうやら私の仲の良い友達だったらしいけど 私はっきり言ってあなたのこと全く覚えていないの 」

たまりかねて私が言うと 彼女は笑って 「そりゃそうよ。だってこの設定のままじゃ今までの記憶なんてきれいさっぱり 思い出せないようになっているもの。どうしてこういうことになって..。あ、ちょっと待ってて、 センターから 通知が来てる ..」

ペナポテというその声の主はふむふむと言いながら そのメッセージに目を通していたらしいが突然

声にならない驚きの音声を発したかと思うや早口でまくしたてた。

「ココ、あなたこの地球休暇、あなたの故郷のアルバロ星の旅行代理店で申し込みしたわよね。太陽系に強いっていうので大人気だったけどもう倒産しちゃったの、というのは旅行先に適応出来ないっていう利用者からのクレームが殺到して。そう、今のあなたのように身体はもらったけど取扱い説明書も無く、法定の事前講習会もなくただ送られて来ちゃったのよ。もっとも今はトリセツじゃなくある年齢に達したら自動機能するよう身体に組み込まれてるんだけどね。当時は惑星間の戦争でゴタゴタしてたから説明の手間暇はぶいて多売で逃げ切ろうとしたのかもね。とにかく代理店のサポートも受けられない今、私が来て良かったわ。あなたに私を思い出してもらわないことにはつまんない。早速カスタマイズしま..」

「ちょっと待って。私は私の意思でなく何かされるのいやだわ、それにもし仮に私があなたの言うように悪徳旅行代理店のせいで地球で不便している旅行者というのなら、ここの人間は私のように宇宙から来た困ってる旅行者だらけということじゃないの?」

ペナポテは一瞬間を置いて言った

「なるほどね、これで分かったわ。私がここに派遣された理由が。外からみると地球全体がちょっと軋んでるのよ。自転リズムもしんどそうな感じでイビツ。以前は優等星だったのに何が起こったのかしら」

「さあ、環境問題とかいろいろあるらしいけど..」

「何で問題が起きたの?」

「うーん」 彼女のペースに乗せられていると思いながらも私は考えこんだ「私個人の知る限りでは何とも.. 。でもつまるところ、多くの問題に共通するのは..ある事が「良い」とされてエスカレートしすぎてそのマイナス面をケア出来ずに無視しつづけたことかな」

「どうしてそうなるの?」

「満足だけへの欲求があるからかなあ。一時的にでも」

「満足してないの?」

「してるのは一時、あとは不安の毎日という人が多いよ。ストレス抱えたり自殺する人もいるし」

「幸せではないのね」

「幸せな時もあるし、でも大抵は幸せになれたらいいな、苦しみから抜け出せたらいいなって思っている。だからこれがあれば、あれがあればって願っちゃう」

「例えばどんなもの?」

「お金や友達や家、家族、あと権力を持ちたがる人もいるかな」

「それなしでは幸せではないということ?」

矢次早に訊ねてくるペナポテ王女に答えるうち私はなんだかどんどん皮を剥いていかれる玉ねぎのような気分になっていった。自分の日常のストレスやかなしみだと思っていたことが自分由来のものでない実態のないもののような。

「そういうアイテムが無ければ幸せとは思えない、ということになっているというか思わされるようにすりこまれてきた..?」

私はしどろもどろになった。

私たちの会話が始まって以来初めての沈黙。

さっきと変わらず鳴きつづけていたはずの鳥の声がいっせいに耳に入ってくる。太陽はさらに高く私の影を濃く短くする。濃厚な花の蜜は風にその薫りを託すがまま..穏やかな日常

今みたいな時間は無条件に幸せといえるかな、と思うやペナポテは言った

「あなたの魂は今喜んでる、とてもキレイ。こういうキレイな喜んでる魂が集まると地球が喜ぶと思うわ。地球そのものをあなたたちが喜んでいるから」

彼女がなにげなくいった言葉は予想外に心の奥にはいりこんできてなぜだか急に泣きたくなった。

「どうしたのココ?」

優しく親友にフワッと肩に手をかけられた気がして私は自分が押さえきれなくなった。

「そう、私が願っているのは頭にいつもあるものじゃない。ほんとはそんなの欲しくないのよ、私が欲しいのは心の平安だけなのに。生きるのにあれもこれも必要だ足りない足りないって頭がアラーム鳴らしてるの。それで心が痛いのよ」 産まれて以来これほど適切な言葉で本心を表現したことは無いと思った。

「私は自分を変えたい、自分の身体や心、意識の不調和をなくしたい。平安という美しい調和にいつでもいられるように。それがあれば私はいつでも満足できる気がする。不調和があなたの言う通り地球に生きる身体の取扱いを知らないせいだとしたら私はそれを知りたい。幸せ、と思える瞬間を増やしてそう思える人を増やしたい」

そのときはじめてペナポテが姿を見せた。

光る卵のような楕円形の球体で雛人形を思わせるかれんな少女の顔立ち ..

最後に彼女と別れた時の記憶がある気がした。

宇宙戦争の勃発で学校も閉鎖を余儀なくされた。宇宙バカロレアを翌年に控えた7年生で私たちのクラスは散り散りになった。最後の授業があった。先生は普通にその日も授業をして終えたが「また会いましょう、あなたたちは幸か不幸か宇宙卒業試験をせずに学校を卒業できるわけですが今のこの時代こそ実力を試されます。皆さんが見事にその試練に合格してくれることを祈ります」みんな泣いていた。しかし別れを惜しむ余裕などなかった。皆、各星王国の王子や王女、即刻各自身の振り方を決めなければならなかった。王国を継承した者、故郷星が消滅して連合星の他の地に帰属を余儀なくされた者、戦争の心配のない星に親戚を頼って行った者….私は、私の国は戦乱の当事国で..お父様が心配して私一人を地球へ留学させたんだった。

「ペナポテ..」 続く