今日はちょっと長い文章です。
お暇つぶしにどうぞ。
家の玄関を出ると、いつの間にか冠雪した富士山が良く見えた。
やっぱり富士山は雪化粧をしている方が「らしい」。
毎年、富士山に登ろうと仲間と言っているけど、なかなか実現しない。
みんな忙しい上に、そんなにホイッと登れないイメージがある。
僕は実は小学校高学年の頃に頂上まで行ったことがある。
家族旅行だった。富士五湖のどこかの宿に一泊して、翌早朝から出発。
5合目まで車で行ってそこから登る。
5合目のパーキングに着くと結構にぎやか。
雲か霧かに包まれた中で、おやつに持ってきたポテトチップスが
パンパンに膨らむ。
妹が「ポテチが中で増えた!」と騒いでいる。それは違う。
実は僕はこの登山にはめちゃくちゃ反対していた。
なぜなら…単純にめんどくさいから。というかしんどい。
富士山高い。頂上遠い。登るのやだ。
でも弟と妹は大はしゃぎ。いざ登り始めると、グングン先に行く。
二人とも相当スポーツ万能だったため早い早い。
僕はというと、グチグチブツブツ言いながらタラタラと
一家の一番後ろを行く。もちろん足取りも重い。
ただ、なんとなくやっぱり、あの頃は親が登ると言ったら
登るのだ。そういう逆らえない空気がやはりあった。
そうしてふてくされながら登っていると…
8合目に差し掛かったあたりだろうか、弟と妹が
座り込んでいる。その横に父親が困って立ち止っている。
あとから追いつく僕と母親。
高山病。
酸素の濃度が下がっていく中、ハイペースでガンガン
登ったため、体が付いていかなかったのだ。
動けなくなっている。まさかこの二人が。
本人たちも両親も、これ以上は無理という判断。
父が僕に聞く。「どうする?」
僕はなぜか「登る」と即答した。父も「よし」と頷く。
弟と妹には母が付いて下山することになった。
なんだか登らなきゃいけない気がした。
ここで自分が下山すると言ったら、家族旅行が終わってしまう。
誰かは登らなきゃいけない。じゃないといい思い出にならない。
そんな風に思った気がする。
その後9合目を過ぎ、同じように高山病の症状が出る僕。
数十メートル歩いてはぐったりと休み。そしてまた昇る。
頂上はもう見えていた。酸素スプレーと、杖に頼りながら
驚くほどゆっくり登っていく。
そして…ついに。
登った。頂上に到着した。使い果たした。これがあと50m
高い山だったら登れなかったんじゃないか。それくらいギリギリだった。
そして顔をあげると広がる世界。あの時の景色は今でも憶えている。
日本一の眺め。日本一の達成感!
想像をはるかに超えた感覚だった。
カメラ!と思ってバッグをあさるも、なんと弟のバッグに入れていた。
写真が撮れなかった。でもなぜか、全然かまわないと思った。
きっと撮っても収まらない。
きっと僕は、ダラダラと、息を切らすことなく、一定の
スローペースで登ったから頂上までいけたんだ。
一緒にハイペースで登っていたら無理だったろう。
ウサギとカメの話を最近思い出した。
あれは、
---どんなに早く走れても、油断して怠けていたらカメにすら追い抜かれてしまうよ---
という教訓だったろうか。僕は
---ゆっくりとした足取りでも、休まずに確かに足を出し続けていれば、ウサギにすら勝てるよ---
という風に受け止めている。
なんでも一緒だろうね。大事なのは進んでいること。
焦っちゃいけない。自分のペースで大丈夫。
じゃなきゃ自分がしんどくなる。
そうやって確実に確実に、頂上へ向かう。
そうしていればいつかどこかにはたどり着く。必ず。

(箱根駒ケ岳山頂にて)
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