「外からの見た目では、わかりにくい」ということで
社会活動中の不便がたくさんある障害


心肺機能障害
腎臓機能障害
呼吸器機能障害
膀胱・直腸機能障害
小腸機能障害
肝臓機能障害
免疫機能障害


東京都保健福祉局の印刷物、わかりやすくできています
「内部障害の理解のために」(1)(2)を参考に解説していました

それぞれPDFファイルでダウンロードできます

リーフレット「障害の理解のために」一覧

認知症って言葉は、学校に行き出してから今までより目にとまるようになったけど、それだけでなく世の中にでてくる頻度が多くなったよね。「他人事でない指数」がどんどん上がってるはず。


さて認知症。

「いったん正常に発達した知能が慢性の脳障害のために異常に低下した状態」

ものすごくかいつまんだ柱として
<記憶の障害> <判断の障害(失語、失行。失認><実行機能の障害>

それが各々細かく分かれてて、その程度と組み合わせで個々人の特徴というか特性になり、進行するものであり、改善もされるものである、と解釈してます。主に「海馬」の萎縮というか、脳の働きの解説はまたあらためて…(ここもチョー大事です)

余談ですけど、食事の時によく噛むと海馬が刺激されるんだって。ここで口腔ケアの大切さにもつながってきますね。入れ歯になっちゃってもモグモグすることが脳の刺激に必要ですから「よーく噛んで食べましょう」というのは大事ですね。

●中核症状として

・記憶障害 特にエピソード記憶「食べてない」「言ってない」「産んでない」

  e.g.「飛行機に乗った」記憶が抜けると「広島からどうやって帰ったの?」「歩いて帰ったよ」
 
・認知機能障害 それぞれ細かく分かれてるので後に解説したいけど「失行」などで検索すると
        ダダダーっと出てくるからそっちのほうが早いです^^
  
  失行    道具の使い方など、覚えていたものをすっかり忘れてしまう。

        e.g.着衣失行 袖に腕を二本とも入れようとする。袖を履こうとする。

  失語    タイプがいろいろあるが、頭に浮かんだことを言葉に置き換えられない、
        言葉を思い出せない、など。知能とは別。特に長い文章は難しい。

  失認    感覚が正しく入力されているのに、それを正しく認識できない。
        
        e.g.実習中に「下肢の筋力が落ちていて、体を支えきれないのに
        端座位(ベッドのふちに脚を下ろして腰掛ける)から立ち上がろうとする」人の
        介助に立ち会った。要は「体重をかけられない」あんばいを認識していないので
        それが成立していたときの動作で体重移動をするから倒れたりするのである。
        
  
  判断の低下 流動性知能(20代をピークに、40代から低下し始める)
        
        …で、「流動性知能」って
        新しい場面への適応を必要とする際に働く能力で、その場で発揮するもの。
        新規の問題を解決するために自分で推論や方法を作り出し、解決する。

        e.g.先生の話だと、今時の「ケータイ」や「リモコン」など、
        新しいものを手にした時にちゃっちゃといじっていけるかどうかというところ。
        (取説やネットを利用するにしても「じゃあ調べてみよう」という働きがあるから
         オッケーだと私は思うちょります)
  
        対する「結晶性知能」は過去の学習経験を高度に適用して得られた判断力や習慣
        (つまり経験の結果が結晶化されたもの)であり、流動性知能を基盤とするが、
        経験の機会など環境因子、文化因子により強く影響されると考えられている。
        70歳を超えても低下せず発達する。

        e.g.先生の話だと、「議員の先生」なんかはこういう面を活かせるので
        高齢の方もいるということです。


  実行機能障害 作業の手順、段取り  これも流動性知能にかかわること

  見当識障害  カレンダー 時間 場所の認識

●周辺症状として (行動障害)
 
・不安 e.g.暑い/寒い 温度は体感できるのだけど、
     「その温度の時にどうしていたか(窓を開ける、適当な衣服を着る、
      空調設備を利用する等)の記憶」がないと判断ができず、
      対処のしようがなく不安になる。
   
・焦燥感      ・失禁(尿失禁、便失禁)
・自信喪失     ・睡眠障害、不眠、傾眠
・消極的      ・異食(目の前にあるものを食べてしまう)
・依存的傾向    ・過食
・同じことを聞く  ・攻撃的態度 言葉も少なくなってきて"NO"の表現で手を振り払うなど
・失見当識     
・徘徊  不安、心配などが引き金で、「家に帰りたい」
     施設に入居しているという認識が無い<失見当識>によるもの。
     とにかく歩いていればたどりつくだろう…
     歩行困難な人は這ってでも「帰ろう」とする

・幻覚、被害妄想 e.g.「買い物をした」記憶が抜けて、その前の財布に入っていたお金の金額を
           覚えていた場合、「お金を盗まれた!!!」となる。


**人によって程度も出方も違うし、さらに同じような症状の別の疾患や障害もあるから
ここだけ読んで「うちのお父さん認知症だわ」なんて判断はしないでね。まだ続きもあるし。
「脳の仕組み」から学習し始めて、認知症や鬱/躁鬱に入ったら

なーるほどね、という感じでありますが
ノートの走り書きを消化しながらブログに書き込むには
お時間いただきたいので、比較的箇条書きにしやすいあたりから整理して行きます。

●自尊心を傷つけない(認知症になっても、持ち続けている*)

説得、叱責、指導 → ×不快
…してください  → ×不快
だめでしょう!  → ×不快
注意       → ×不快
…してみませんか → ○ 快
一緒にやろう   → ○ 快

「○」な声かけは、相手の自己決定を促している 

「また漏らした!」    本人の意思と脳機能の低下はつながってないよう
             オレだってこんなのやだもん
「なんでわかんないの?」 好きで脳の処理能力の低下したわけじゃないもん 
             何でったって、わかんないもん
             あーそんなにわかってない?orz
「ちゃんとしなきゃだめでしょ?」 ちゃんと、って何?
                 何であんたにそんなん言われるわけ?
          

●近づいて(相手の視野に入って)、相手のペースに合わせて話す。

声かけは、前からが基本。うしろから声をかけると振り向かなければならず、
転倒や関節への負担など(これ何ていったかなあ…)思わぬ事故の原因にもなりうる。

●情報は簡潔に、ひとつずつ

「今からお食事ですので車椅子で食堂へ行きますから、起きて移動しましょう」
                         → ×短期記憶しきれません

「山田さん、お食事ですよ」
「はい」
「今から食堂へ行きましょうか」
「はい」
「車椅子に乗りましょう」
「はい」                     → ○

●納得いくような説明/次の動作に移行しやすい声かけ

「ワーカーさん、なにもたもたしてるの?早く連れて行ってちょうだい」
「山田さん、エレベーターがもう来ます。ドアが開いたら乗りましょうね」

「山田さん、つきました。おつかれさまでした。こちらに移りましょうか」

●わかる言葉 
 
 (施設や訪問介護などの場で)出身地や育った環境などの情報があると
 長期記憶として残った特定の呼び方、方言や外国語で認知できる場合もある。

 トイレ→お手洗い、お便所、bathroom など
 
「お食事召し上がってください」を「メシ食え」にしたら食べた例も…
 方言的に敬語かどうかは不明なんで事前の情報収集や確認が必要でありますが

●相手に合わせる
 
 認知症のあんばいによっては、介護者を家族の誰かと思い込んだり、出入りの業者として接してきたりということもある。その時はさりげなくそのように接することも必要である。

●アイデンティティーというか

「他の誰でもない、自分に声をかけてる」と認識してもらうために 
基本的に「フルネーム+さん」で声かけ→
確認が取れたら「名字+さん」でかかわっても大丈夫だけど、
女性の場合は旧姓を使うと反応する人もいる。
さらに現役時代にバリバリ働いていた人なんかは
「先生」「社長」「棟梁」と声かけして初めて反応することもある。
(それがその人のがんばってきた「人生の誇り」であることも知ることができる)



*こういう表現をするとなんだか差別というか偏見と思われがちだが
認知の仕組みがわかると「心のあり方」は誰でも同じで
それが伝わるように表現されているかどうかの問題と思われる。

「コミュニケーションが取れない(無表情、無反応)≠意思や感情が無い」

さらに暴れたり怒鳴ったり"問題行動"と見なされがちなことも含め
脳の機能が衰えたり不具合があって相手に伝える手段が無くて困ってるんじゃない?

とても疲れている時の睡眠中、夢の中で必死で誰かを呼んでいる時に「声が思うようにでない!」と
焦って恐い思いをして、それでも全身の力を振り絞って「うわああああッ」とものすごい声を出したとこで目が覚めたことがあって、その「うわああああッ」は出てたんだよね。大汗もかいてた。
あのなんとも不安で恐ろしい気持ちはナマナマしくって、あたりまえにできると思ってる能力が突然奪われるとどんなに困惑するか考える機会になりました。そういう経験ありませんか?
 学校で学んだことが、介護の現場のさまざまな場面で実際に行われていた。
それは私が教室で練習した基本の形であったり、
ひとりひとりの体調やADLなどに合わせた形を変えたものであり、
担当の方に伺うと理由や裏付けが必ずあって、
その元をたどっていくとやはり基本が大事だなあと感じることが多々あった。

 適切に利用者の方とコミュニケーションを取り、日々のおむつ交換、
排泄介助、入浴介助、食事介助などのすべての機会を通し
様子を観察し異変などに気がつくことで、さまざまな情報や要因になるものを得て、
他業種間で共有、検討をし次の介護の実践へと展開していた。

 とても印象に残ったのは、
気持ちが不安定な状態になっている利用者の方への主任の丁寧で敬意のこもった接遇だった。
利用者の方の混乱や不安が強く言葉遣いや語気が荒くなっても、
冷静に傾聴と共感を繰り返し、利用者の方が納得できる言葉を選んで説明をしていた。
そのような対応をしてくれる職員がいる施設は、利用者にとって安心して暮らせる場になると思う。

 さまざまな人生のキャリアを持って、施設にいらした利用者の方の尊厳をスタッフがどのように尊重しているのかは、日常の介護の所作や、利用者の方からは見えない部分であるミーティングの際の意見の出し方などに表れる(と私は感じた)。私も今回学んだこと、感じたことを忘れずに、利用者の方の安心で安楽な生活のサポートができるようになりたいと思った。

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なんちゃって、書いて提出しちゃったけど
初めての施設実習、筆文字で巻き紙にダダダーッと書きたいのは

技術は現場に出て数をこなせばある程度のラインまではできる。

でも、感性とか人としての倫理とか教養とかセンスは
自分で意識して日々の努力で磨いたり身につけるか
立派な師を見つけてコバンザメになって学ぶか
チョー神な人にたたきこんでもらうかして
ある程度のレベルまでもってって鍛錬しておかないと
現場の魑魅魍魎にまみれているうちに、どんどん萎えてしまう!!
掃き溜めの鶴に出会える力も鍛えておこう。神は必ずどこにでもいる(と信じてる)

それから今回の自己目標であった
「感情に流されず冷静に客観的に観察し、分析できるようにしたい」は
予想したよりは達成されたと思う。でもまだまだ(笑)

偉そうに書いちゃった分、座学上等
学生でいるうちにできることはどんどんやるわよー


来年の第二段階実習は1ヶ月間だよ~^^ ヘイヘイ





「おかあさん、なにうれし泣きしてるの?」
現場では毎日毎日フィジカル汗とメンタル汗でだくだく!!!
大変すぎてお夕飯食べながら半眼な勢いだけど
確かにこの仕事はやりがいがあっておもしろい。
あとは体力と冷脳熱胸のあたりも鍛えていこう(またしても汗)

今日はデイでの実習初日だったので、利用者の方には「実習生のまるばと申します、今日一日よろしくお願いします」と自己紹介をした。すぐに「おはようございます」「よろしくおねがいします」などお返事が来た。私のエプロンの胸の名札で名前を確認しようとしたり、学校の名前を聞いてくる方もいた。会話によるコミュニケーションを取る方が多い。
 このサービスを受けるまでの生活や家族との関わりの様子等、何名かの方が話してくれた。何十年もお仕事や家族の世話などがんばってきて充実した人生を過ごしてきた方が、年齢的に体力が低下することによって、または疾病や怪我などをきっかけに自立した活動や行動に制限ができたことを、どれだけ辛く感じているか、それと同時に今まで積み重ねてきたこと、乗り越えてきたことをどなたも誇りにしていることがお話から伝わってきた。
 どのお話も「大変でしたね」「すごいですね」とお返事したら薄っぺらすぎるようで、うなずいているだけのことが多くなってしまったが、できるだけお話の内容を他の言葉で言い換えて返すようにした。

ある利用者の方が「90年近く生きていて長生きしてるけれど、子供の頃のことはついこの間のことのように、よく覚えているのよ」と言っていた。利用者の年齢層の「子供の頃」「青春時代」の時代背景とか社会情勢、文化を知ると、具体的なお話をもっと聞かせてもらえるきっかけになりそうだ。

 それと他の利用者さんは聴力が低下していて補聴器を装着しているが、「それでも会話しにくいから、話の輪から離れがちなのよ」と言っていた。居合わせた他の利用者さんも話に加わって、ゆっくり話すと聴こえやすいとか、短くまとめるとわかりやすいとか、そのくらいの声量ならちょうどいいとか確認し合うような話の場になって、なんとなく3人で時間を分け合ったような気持ちを味わえたと思う。
短いおつきあいで今日はどこまでお近づきになれたかはわからないが、利用者さんを敬い安心してたくさんお話できるような関係を作れるような自然な雰囲気を作ったり、話題の引き出しを沢山作ったり、話し方のスキルを学んでいけば、利用者さんの気持ちや要望、何かあったときの心の動きや理由ももっと知ることができるかしらと思った。


家族療法

家族の歴史を重用視するというより、現在ある家族の力、資源を有効活用し、
解決指向的にアプローチする動きが大きくなってきている。
 (これもICF的だなー)

【ボーエンの家族システム理論】


・情緒的影響の「ルーツ探し」
・個人はどのような家族に属するかによって大きな影響を受ける
・家族の1人に病気などが起こったとき、残るメンバーがその昨日を変化させて 
 家族システムを補完し、安定させる。

家族関係のパターン

1/自己の分化
2/三者関係
3/核家族の感情システム
4/家族の感情投射過程
5/多世代間の伝承過程

1/自己の分化  理性的機能と情動的機能が分化  物事をよく考える(知的過程に優れている)
                        理性に優れている人
   
        理性的機能と情動的機能が融合  感情に支配され、衝動的に行動する人
                        本能的、原始的

        *人はこの分化してる極と融合してる極を結ぶ線上のどこかに位置づけられる。

        家族の中で、個人が家族から分化しているか融合しているかが問題
        「自己分化」を高めるのが家族療法の目標


2/三者関係   夫婦や家族などの感情システムの基本。
        二者関係(例えば夫と妻)に緊張が生じると、第三者(例えば子供)を巻き込み、
        この場合などは子供に精神的にdependすることで子供の自己分化を妨げる。
        →自立できない、情緒不安定

        特に母と子の関係は、前述の愛着行動なども関わったりして
        夫との関係のぎくしゃくを、子供との融合で清算したり解消しようとして
        ゆがみがでることも容易に考えられる。

        三者関係を安定させるためには、家族それぞれが自立すること。
        
        この関係は、単にいわゆる「パパ、ママ、こども」の年齢や関係に限らず、
        40歳50歳代の息子の調子が悪くて(…)彼の育った歴史をさかのぼり両親との
        情緒的影響を探すということでもアリだし、
        家族内の問題を第三者に相談する場合、その相談される人をどう味方(家族関係に
        巻き込むか)という心理の動きもあるだろう。
        こういうのは、世の中のいろんな場面で当てはまってると思う。

3/核家族の感情システム  
        
        ある意味「似た者夫婦」?

4/家族の感情投影過程
        
        両親の未分化な状態が、子供に伝えられる過程
        家庭が不安定で子供が親から分化自立していなければ、
        子供に神経症状がつくり出されると考えられている。(絶対とは思わないけど)
        親の不安を子供が引き受けてしまう例。
        うーん「親を見て育つ」っていうのはこれなのかなあ

5/多世代間の伝承過程

        これは核家族とはまた逆なんだけど、そりゃ子供時代に限らず一緒に生活するメンツ
        の影響力はありますよね。特に怒り、不安、抑うつなどネガティブな情緒の持つ
    frequencyはやはり強い。敏感多感な人には相当な破壊力&影響力があるはず。

        じいさんが毎晩酒のんで怒ってて、

         a/ヤラレっぱなしで「もー毎晩毎晩やんなっちゃうよねえ」と
          孫を味方にしようとする、ばあさん

         b/「はいはい頭にきちゃいますね」とじいさんの分の布団もしいちゃって、
           孫に歯磨きさせておならプー、な、ばあさん

        孫はどんなに育つか?

さて、ボーエンの家族システムで検索したら
福まねさんという方のブログにたどり着きました。

「ボーエンを読む」http://fukumane.cocolog-nifty.com/blog/cat6243924/index.html

大変興味深く読ませていただきました。
リンクのお願いにも快諾してくださって、どうもありがとうございます。
●成人期以降の人間関係 エリクソン(Erikson, E.H.) 人生周期(ライフサイクル)

青年期 自分はどのような人間であるか
    どのような社会的役割を持っているのか  を考える

    自我意識の確立
    自分らしさの発見  自我同一性の確立


壮年期(30~65才)
   
    プラス面  家庭、仕事の安定・自己実現 子育ての充実など  生産的な時期

    マイナス面 「中年期の危機*」
          体力の衰え 管理職への登用による仕事内容のストレス
                          人間関係のストレス
 
        *心身ともに、自分のこれまでとこれからをじっくりととらえ直すよい機会になるかも

さらに「二重の危機*」!!!
           自分自身の危機と同時に、家庭内で不登校など「思春期の危機」を呈した場合
           
       それがチャンスなのよ~
    *これまでの仕事や家庭生活のあり方を見直し、自分の生き方をあらためて問い直す
         よい機会と捉えると、その後の「成熟していく人生への仕切り直し」ということが
         できるかも
          
高齢期 日本の現在の平均寿命は、男性78女性82です…
    
    自我の統合 できないと「絶望」への危うさ


●人間関係は胎内から始まる

胎児の行動 26週頃からは音へ反応が出始める。心拍数の変化、胎動など
      外からの音への反応…音によって腹膜から離れたり近づく
      母親の喫煙…母親がタバコを吸おうと考えるだけで、胎児は体を収縮させる

愛着行動  母親に向ける子供の行動。何かの危険を察知した時に、安全基地としての母親を求めていく。
      
人見知り  母親の養育行動を呼び覚ます。 
      これはどういうことかというと、養育者以外に抱っこされたら泣くのに、
      母親/父親など養育者に対し「笑う」ことで、養育者の育児に対する満足感を引き出し
      赤ちゃんの安心できる環境を整える…ということ。特に母親との関係が密になる。

●子供同士のかかわり
 
AFTER1才~ 子供同士のかかわり 母親との接触<仲間との接触 
       社会的な遊び おもちゃを介しての接触

AFTER2才~ 社会的にルールを決めたあそび 「ごっこ遊び」

小学校入学~ 仲間集団 ギャングエイジ
       性役割の意識の高まり「男子」「女子」

●思春期の人間関係

小学校高学年~中学生

 自分を守るため
  ・特定の仲間を作る 同じ悩みを共有する友達
  ・人間関係の不安を解消する為 違うグループに対し「いじめ」 

高校生

 孤独感や不安感の解消に、友人の存在をあらためて求めるようになり、
 「いじめ」がoutだなーという自覚も育ってくる。

*思春期の危機* こういう発達課題にしっかり向き合ってクリアしていかないと
         大人になってもひきずってoutになってしまうのよ


このへんのことは、ほーんと深い。
介護の基本の授業でもやったのだが、
「高齢者の特徴」をずらずら「がんこ」「やさしい」「涙もろい」「世話好き」「極端」「早寝早起」なんて書き揚げてって、その次に「高齢者以外にもあてはまること」を消去してくと、
「老化現象or老化ゆえの特徴」や「歴史的な体験」くらいしか残らないんだよね。


●心のメカニズムはみな同じ

介護者が援助対象者に接する時は、たとえ奇異に思える行動をとっていたとしても、
基本的には(基本的にはです)同じ人間であるという視点を持って接する


うれしいことには喜び、悲しいことには悲しみ、腹が立つことには怒る。
しかーし、何をうれしがるのか、何を悲しがるのか、どんなときに腹が立つのかは、ひとそれぞれであり自
分と同じだと思い込むのは「独りよがりな援助」になる。

認知症の高齢者が何かに腹を立てて叫んでいるとき…

・「認知症だから」と放置するのではなく、何か原因があって腹をたてていると思う。
・その原因を探る際、自分たちでは腹を立てないようなことも原因になり得るという視点で探してみる。

*統合失調症に認知症が加わった人の例/
  天皇陛下と交信中だったのに、おやつの時間になって邪魔をされた…そりゃー怒りますね


●医療的視点とは異なる福祉的視点

・認知症高齢者に対し、人間としての基本的な心のメカニズムまで壊れてしまった人たちと考え、
 表面に現れている行動にのみ着目してしまうと、「問題行動」としてやめさせるだけの
 対処的な行動に出てしまうことになる。 徘徊、異食、暴力など

☆認知症高齢者の中島モデル☆

・「器質的・医学的原因」はあるものの、基本障害としては
 「記憶の全体的欠落、認知・理解・判断力障害等」があるだけである。→

・自分の構成する認知世界と、他者が構成する認知世界にズレと不連続性が生じ、
 他者とのコミュニケーションに障害が生じているととらえる。
 それだけであれは「変だな」「うまくいかないな」くらいの単純なストレスですむ →

・しかーし!この期に及んで

 「不適切な環境」生活の匂いがなく、行動に制限のある空間など
 「不適切な対応」本人の主張が否定される、生活を営む行動をさせてくれない

を受けると、

・「戸惑い、不安、不信、否認、プライドの損傷、いらだち」をその瞬間瞬間に受け、→

 「自信の低下、他者に対する信頼感の低下、自己存在感の低下、主体性・能動性の低下、
  現実に対する現実感の低下、焦燥感/怒り/不安感の高まり等」が強固に形成される。→

・周囲から問題とされてしまう行動、心理状態が現れる
    徘徊、異食、自傷、他害、弄便、せん妄状態、うつ状態、被害妄想など  →

・これらが不適切な対応を受けると、さらにストレスが増幅…基本障害や認知世界のズレの増幅…
 悪循環のループが描かれる。

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病気や病気による基本障害と、表面に現れている行動を直結させない。
「認知症の二次症状」「行動障害」に対し「病気の『症状』である」とか「固着した『障害』である」という視点をもっていては認知症高齢者との深い人間関係を結ぶことはできない。

私たちにも認知世界の(他者との)ズレはあるが、
認知症高齢者の構成しているそれは、生活が不自由/不安定/困難になるほど大きい。
しかし、ただそれだけという視点が大切である。

「おかしいのは自分ではなく周囲がおかしい」

認知は主観的なものであり、本人は自分が正しいと感じていることが普通である。(当たり前の行動)

できない人」→「下手なだけ」「不器用なだけ」「しずらいだけ」ととらえる
「非薬物的な働きかけによる変化の可能性」を考える→福祉的視点*

*逆に「医療的視点」とは、投薬・治療を考えるもの
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生涯発達  どのような状態にある人でも、発達的変化の可能性がある
      誰でも何歳になっても、発達は続く