適応機制の役割は、自我の安定やまとまりを守ること。崩壊を防ぐことです。
そして、自我は認識してなくても、いろいろな事情で人は、けっこうぎりぎりの状態になっていることがあります。

なので、目の前の現実を受け容れられない時がある。
それを認めると、自我が危なくなる。だから、何とかして、回避せねばならない。
自我の崩壊を防ぐために、認識を歪める必要が出てきます。
力をどこかに逃がさないといけなくなる。

何かの拍子に、触れたくない現実が目の前に現れた。それを認めると、自我の安定が乱される。
その対処法として、今回のテーマである適応機制のさまざまな態度や行動が使われます。


<昇華>
社会的に認められないような衝動を、社会的に認められる形に表現する。

抑えられた欲求などをスポーツ・芸術などに向ける。非社会的な欲求を、社会に受け入れられる価値ある行動へと置き換える。


試験に落ちてムシャクシャするのをバッティングセンターで発散。
性的な衝動やストレス(様々な形での)を、芸術や文章で表現する。
*こんなのもネットでみつけました*
子供を捨てた母親が、罪の意識から児童教育思想でただならぬ力を発揮。

私はペニス恐怖症から夥しい量のペニスを作り作品にした方のことを
思い浮かべました。彼女がそれを克服するという意図を当初から持っていたのか、作り続けるうちにその意味に気がついたのか興味深いところです。

<同一視>
一般的には「他人の一部または全部を自己のものとして取り込み、自己と同化しようとする」こと

ドラマの主人公と自分をだぶらせて胸キュンになる。
サッカーのお気に入りの選手に入り込んで、喜んだり悔しがったりする。
憧れのアイドルやアニメのコスプレ

子供のけんかに親が出る

虎の威をかかる狐

親方にガンガン叱られる(設定としては)ダメ職人、新人をガンガン叱る

クラスの人気者が持ってるポケモンのカード、同じ物をゲットして「これでおいらも人気者になれる」

<投影>
自己の欠点や不安、不快なことに目をつぶるため、それを他人に転嫁・帰属させることです。
また自分の感情やストレートに言いにくいことを(相手の心に伝わって欲しくて)表現するのに他人の存在を借りるのもアリです。おおかたは否定的な言い方をしたくないなーというときの作戦ですね。

*彼女と目が合って笑った* (そもそも目が合ったのか?)
  →「自分に好意がある」 (ただ目が合ったから笑ったのかもよ/好意があるのはキミでは?)
              (でもここのポイントは何かの抑圧要因があって「彼女に好意を持った
               自分」を認められないため、「自分の好意」を「彼女の好意」にすり
               かえて納得させたという流れ、と私は解釈しました。)

  →「自分をバカにして笑った」(うつ傾向によくある流れ)

*「先生が聞いたら怒るぞ」 (オレが怒ってる)
*「(亡くなった)お父さんも喜んでいるわよ」(私の喜びは大きいのよ)

*他のサイトで紹介されてた例もわかりやすかったです
 外国留学をした最初の頃には「この人々はアジア人を憎んでいる」と思ってしまう一瞬があります。
 しかし、それはどこの世界でも優しくない人はいるもので何も○○人がアジア人を憎んでいるわけで
 はないのです。それはしどろもどろの外国語と慣れない生活で自分自身が○○人を憎んでいるという
 投影の一つかもしれません。

*Wikipediaの例も
 自分が相手を憎んでいるのではなく相手が自分を憎んでいると思いこむ。
 自分が浮気したいと思っているのを、恋人に浮気願望があると思うこと。

「人は自分の鏡」というのは、そういうとこも指しているのかしら。

 私なんかは、Aさんに対する不満や苦情をBさんにさんざくさ言った後、
「でもそれって自分のことじゃん」って気がついて、すまーんって思ったことがたくさんあります。
Bさんもきっと「ぷぷぷ」って聞いてたでしょうね^^
<拒否>
現実に対して目をつぶる。
課題となっている事実が存在しないかのように振る舞う。
障害を認めなかったり、肉親の死を認めなかったりする場合もある。

明らかと思われる外的現実、体験の苦痛を認める事を拒否する。
否認、拒否している事は意識されていない。
「私はガンではない。あの医者はやぶ医者だ。」

<隔離>
ある観念からその人が持っている感情的な意味を切り離して、客観的に取り扱うことで不安を感じないようにする。自分に関連する問題であっても評論家のように論じる。

感情体験が強すぎちゃって→ボーゼンというか→
聞いてる方には「言葉だけだなァ」と感じられるほど、言葉に実感がない。


また、他のサイトではこんな例も紹介されていました。

・戦場で敵を攻撃する時に罪 (殺人など)の意識を分離して行動する。
・人を叱ったことだけを覚えていてその時のいやな気持ちを忘れてしまう。

自我の責任・苦痛・努力が回避されます。

<代償>
本来の目標がかなわない場合に、容易に達成できる目標を達成することで満足を得ようとする。

身近なところで、「生茶」を買いにいったら売り切れてたので「おーいお茶」でよしとした。
でもね、「ペプシ」を買いにいって、「コカ・コーラ」買って飲んで感じる満足度って、
100%じゃなかったりするよね。

例としてみつけたのが
子供のいない夫婦がペットを飼う(正の代償)
白人社会で迫害されている者は黒人に対して不当差別をするという行為(負の代償)

利用者のベッドにぬいぐるみがあって、「『若い頃に亡くしたお嬢さん』にしてあげたかった、いいこいいこ」している様子なんかがこれじゃないかなあ。

<合理化>
自分の失敗や欠点をそのまま認めず、社会的に容認されそうな理由をつけて、正当化する。

イソップの「きつねとぶどう」が代表的な例だそうです。
(ジャンプしても届かず「フン、どうせすっぱいんだろう」って話ね)

仕事で失敗しちゃった時に「こんなオーダーよこしたボスが悪い」とか「部下がちゃんと仕上げてこないからさすがのオレでもどうにもなんなかった」とかね。

まあ自分の正当性を確保するとか、責任転嫁の為のヘリクツといえば分かりやすいかしら。

そこでさらに「そこまでして自分を守るような」背景はどんなんだったんだろうと
介護福祉士は考えるのです。

【まだまだつづく】
「適応機制」のことを「防衛機制」ともいいます。
精神分析のジャンルでフロイトの娘が言い出したそうで、
これはこれでWikipediaなど見るとおおまかなことが出てますのでご参考までに。


<逃避>
困難な状況や場面を避けたり、他のことに熱中して問題に向き合うことを避けたり、
空想の世界に逃れたりする。

引っ越しの荷造りの途中で、mixiやっちゃったりね(笑)
課題の発表の準備が間に合わなかったから、授業をさぼったとか。

でもこれは、困難に正面切ってぶつかる前にコンディションを整えるための
積極的なアクションでもあります。

例えば、昼寝したり本を読んだりテレビを見たり旅行をするなんてのは、リフレッシュできるし
人生の潤滑油になり得るので「逃避」というより「ピットイン」なこともあります。

<退行>
過去への逃避であり、現在の問題を避ける為に楽しかった過去に生きようとする。赤ん坊や子供のように振る舞って受動的で依存的な態度を示すこともある。

直接さまざまな思いを伝えられず、
赤ちゃん返り 幼稚語の使用 感情的な表現 などがみられます。
相手を見て(この人には甘えられる)という判断もあります。
これは「(あなたの子供みたいに)特別な存在だから、大事にしてね」という気持ちの表れでもありますから、言葉の表面的な意味の奥にある思いを知ることが大切です。

我慢や協調性がなくなって幼児のように「やだやだ~」とダダこねるとか、
何かを依頼する時に「これをやってもらえますか」 → 「ねえーこれやってぇ」なんて場面です。

「もーわがままだなー」って感じだけど、なんか違うところで困ってるとこがあるかもよ


【つづく】
欲求が満たされない状態が継続すると、不快な緊張状態が生じやすくなります。これを緩和して安心感や満足感を得るためのこころの働きとして、『適応機制』があります。もちろんそれによって真の欲求に対する満足が得られるわけではなく、場合によっては社会的に不適応な行動を引き起こす場合もあります。

それで心理的に耐えられない状態をやり過ごしたり、追いつめられてそうせざるを得なかったというか、まあ全部が全部「適応機制」で話が片付くわけではないのですが「どうしてだろう」「なにがどうなったんだろう」とそうなった背景を理解するための、ひとつの可能性として知っておくと良いと言うことです。

高齢者だから、認知症だから、というだけでなく、私は人間のこころのありかたとして誰にでもなにかしらこんなことがあると思いました。それが度を超したり、自分で「そうしている」意識ができなかったり、社会生活に支障が生じるほどになるとそれは疾病だったり障害だったりになるんだろうと認識しています。


… 文字が詰まってきましたね(笑)
自分でまとめていてハマっているというか、読みにくいというか^^


さてさて 授業ではこんな解説でした

お題【不適応状態を緩和する心理】 

 世の中にはいろんな話のしかたがあります

  ・近所の八百屋の夫婦、お嬢さんが嫁いでしばらく経ちました

   おかみさん「さみしくなったわね」
   おやじさん「あんな娘、いなくなってセーセーするよ」
 オヤジさん、さみしくってガックシきちゃっても、しょんぼりできないよね

  ・お市の方のあずき袋の話

   「おいしいあずきです、どうぞ召し上がってください」
(「お兄さん、浅井と朝倉に挟み撃ちされるから逃げて!」)

   織田信長の妹、お市の方が嫁いだ相手の浅井の裏切りを察し、兄信長にいち早く知らせた、
   という話なんですけど、お市の方は、手紙では怪しまれるので小豆を袋に入れ、織田の陣営に
   陣中見舞いと称して送りました。その袋の上下は縄でくくられており、受け取った信長は瞬時
   にして「袋の中のネズミ」の意を悟り、ゆえに危地を脱出できた、という流れね。

  ・「テレビでこんな人の話をしてましたよ」
   「新聞でこんな症状の人の記事がありましたよ」→先生曰く『要注意』
  直球で「あなた最近こんなんよ」とか「私こんなんでヤバイんです」って言いにくくて …

  ・「追試だってー?」「そうなのよ~お腹痛くなっちゃってあせる
 (勉強してなかったしぃ)

相手の表現にしっくりしない時、ひっかかる時  
そのような表現をして何を言いたいのか? 

素直に自分を表現したくない(できない)
自分が傷つきたくない
気をつけないと利用される
失礼な時もある

なんて感じで、額面通りにとらえると、誤解をする/受ける ことも多々あることでしょう。


さて、心地良く「ない」状況をのりこえたり、やりすごすための「適応機制」ですが
どんなラインナップなんでしょうか。

<攻撃>
その相手に原因があるというよりも「やつあたり」に近い。
形の上ではその相手を責めているが、自分に腹を立てていたり自分の中での欲求不満があり、
他人や物を傷つけたり規則をやぶったりして、それを解消しようとする機制。
直接的なものと間接的なものとがある

あなたが喫茶店でバイトしてるとしましょう。
お客さんにコーヒーを出した時、ちょっとカチャンと音がしただけで
「なんだその置き方はッ!」なんて大きな声で怒鳴られた なんて図。

そのお客さん、実はお店に来る前に乗ってたバスで
「隣の席の人のヘッドホン音にうんざりして」カッカしてたのです。
あなたが原因でキレたんじゃないんです。

要介護状態の方が、たとえばつま先の疼痛が酷くなってきて
痛みだけでなく老化に伴う体の変化も受け入れられず
「この先生はヤブ医者だ」なんて言っちゃったりね。

あと自傷行為もそうなんですって。自分を傷つけることで自身の存在を確認しバランスを取っている。

誰か特定の人に対して「あいつのことを考えたくない、ムカつくしイライラする」と何度も何度も言い続ける→(でもそれは考えていたいんだよね ムカついてイライラするという攻撃で何かを解消しようとしている)

おまけですが犬が寂しくてワンワン吠える時の話がおもしろかったです

 パターン1「さみしいんだようもーワンワンワン」
      「うるさい!こら!(叩いたりもするよね)」
      「あっ!かまってもらえた!放置より全然いいもん、また吠えちゃおう 
       かまってかまってワンワンワン」

パターン2「 … 」
「しずかにしてていい子ね、よしよし(なでなでだね)」
      「いい子にしてたら褒められちゃった^^今のまんまでいいんだな」
      

まだまだたくさんあります(つづく)
前にも書いたかなあ マズローの5段階のピラミッド
図をクリックすると、もうちょっと見やすくなります

$まるばコンティーゴの自習室-マズロー詳細

まあそんなこんなで、人はいろんな欲求や動機を持って生活しています。
アメリカのマズローは近代社会の人の欲求を五段階の階層としてとらえる説を示しました。
下層の欲求が満たされると、その上の階層の欲求が生じてきます。


さて要介護状態になるって、身体的に機能が低下したり、認知症の症状が進行したり、いろんな要因が重なってほんと人それぞれです。要介護状態になって阻害される欲求の特徴とその理解について、この欲求階層説を理解すると、こころの様子や行動の理解に役立つことが多いです。

1)生命や安全が脅かされることへの恐怖や不安

身体機能が老化に伴い低下し、できる生活動作が少なくなったりで
生命保持のための欲求が充足されにくい状態に陥りやすくなります。

脱水状態なんかは、体が水分を必要としていても、「のどが渇いたなあ」など体からの欲求を意識されずに摂取が間に合わなくなって具合が悪くなったりな状態です。

結構部屋の温度が高くなってきてても体温調節ができなかったり、体感してなくてのぼせちゃったり、というのも「何だか分かんないけど具合悪い」で恐怖感や不安感を引き起こす原因になり得ます。

2)社会的活動、人間関係の縮小

自立的な行動に制約がかかることも多い為、人間関係や社会的活動が縮小しやすくなります。

愛情と所属の欲求が満たされなければ、孤独に陥ることになります。
愛情と所属の欲求が満たされれば、自尊欲求が生じます。

家族と暮らし、自宅で介護を受けている要介護状態の方は、家族への要求が強くなりすぎて家族の側が困惑することもあります。デイサービスや介護施設などでは、職員や利用者間で新しい人間関係をつくることが課題になります。でもね、「誰とでも仲良く」なんてのも人それぞれだから、その方にとってええあんばいの人間関係を作れるようにね。

3)自尊心の低下

できていたことができなくなった 参加できていたことに参加できなくなった

自尊心は人間の尊厳の大きな要素であると考えられています。
人間関係の変化は、元々その人が自尊心を持っていた行動の価値を変化させます。
自尊心は一人で育むものでなく、社会的な承認を必要としているものと考えられています。
介護が必要な状態であっても、できることは自分自身で行えるようにすることは、自尊心を持ち続けることに重要な意味を持っています。たとえばですけど、ベッドで体の向きを変える時に、もし手をのばしてベッドのサイドレール(横の柵)をつかめるなら、ぜひ声をかけて一緒に向きを変えましょう。

5)自己実現の阻害

要介護状態になる前に「こんなことをしたい」「こんな生活をしていたい」など思い描いていたことの変更を余儀なくされる場合もあるでしょう。でも「やりたいことをする」気持ちを持ち続けることはとても大切で「自己実現の達成」というんですけど、自分がどんな状態でも、そんな欲求を持てるようでいたいです。

生理的欲求や安全の欲求が充足されていることが前提ですが、そこばっかり気が行って「危ないから」と身体拘束しちゃうのは道を間違えています。でもそういうことがあるのも現実です。その先に愛情と所属の欲求というステージがあるのを思い出してくださいね。

<つづく>
キューブラー・ロス Elisabeth Kübler-Ross スイスの精神医

『死ぬ瞬間(On Death and Dying 1969)』までの経過

1)否認と孤立 そんな!うそ! 自分が本当に死ぬわけはないと否認(懐疑)して、精神的に周囲か
        ら孤立していく段階。

2)怒り    なぜこんな目に!くやしい! 何で自分だけが死ななければならないのだ、こんな理
        不尽な仕打ちを受けなければならないのだと思う怒りの段階。

3)取引    ちゃんとやるから ちゃんとやめるから もっといいお医者さんがいるって?
何とかして病気を治して生き延びたいと考え、何らかの『交換条件(お金・懇願・謝
        罪・名医探しなど)』を用いる取り引きを行って、どうしても助かる方法がないと知
        る段階。

4)抑うつ    … 『死の現実・病気の悪化』を回避する方法や手段がないことを知って、気分が落
ち込み深刻な抑うつ感(無力感・絶望感)に沈む段階。

5)受容    どのようにしても差し迫る死の現実からは逃れられないことを心から深く理解し、そ
        の死の現実を受け容れながら、残された人生を懸命に前向きに生きようと決意する段
        階。

先生の講義では、「日本人の心のありようはちょっと違って」以下の段階になる」
これは柏木加によるもので

1)希望    なんとかなるのでは

2)疑惑    本当に大丈夫かな

3)不安    ・どうなってるのか尋ねる人  → いらだち
         ・どうなってるのか尋ねない人 → モヤモヤ

4)抑うつ   

5)積極的な展開として 受容
  消極的な展開として あきらめ


という説明もありました。

「死の瞬間」鈴木晶訳 読売新聞社 1999年
内容(「BOOK」データベースより)
人が目的のない虚しい人生を送ってしまう原因の一つは、死の否認である。永遠の命を持っているように生きていると、やるべきことを先延ばしにしがちだからだ。死を意識することによって、人間は最後の段階まで成長する—。死とその過程をめぐる問題を、末期患者や医療現場からの声をもとに考察する。


先日図書館で借りることができ、人生の最終段階にいる患者たちの語りの中から学ぶことのなんと多いことかと読み進んでいます。

ネットでいくつか検索していて、興味深い記事があったのでご紹介させていただきます。自分自身で読み終えて、この記事と合わせてあらためて考えてみたいと思います。

3.5 補論: キューブラー=ロスの『死ぬ瞬間』再読




その他授業での説明

コンサルテーション 自分のかかわる利用者の特定の問題について、利用者の社会生活を統合的な視野や発想で支援することを目的に、日常の援助チーム以外の医師や臨床心理士、看護師といった関連機関や関連領域の専門家等に的確な情報と意見を求め、援助に役立てること

ソーシャルサポート 社会生活を送る上での様々な問題に対して、身近な人間関係における複数の個人や集団の連携による支援体制をいう。地域社会に存在する住民や社会福祉関連機関、施設の専門職、ボランティア等の様々な人により組み立てられ、サービス利用者の個々の生活状況や問題に応じた個別のネットワークの形成が必要である。

私たちは日常、身近な人間関係で連帯網を作りそのなかで生活を営んでいます。これはヒューマン・ネットワークと呼ばれるものです。それに対し問題の解決が長引いている利用者に対して、ヒューマン・ネットワークを計画的に再形成した支援体制を提供すること。それは画一的なネットワークではなく、利用者のパーソナリティや生活状況、そして緊急性を伴う用件などに応じた個別のネットワークなのです。また、支援体制のなかにはサービス提供者であるホームヘルパーや訪問看護婦等の専門職に加え、地域住民やボランティアといった非専門職の支援も組み入れることが大切となります。
レミニセンスバンプ(reminiscence bump)

80代の老人に昔のことを思い出してもらうと、一番記憶に残っているのが20~30代の記憶でこれは子供の頃の記憶よりも多いという現象が出たそうです。しかもその記憶が以後の人生に与える影響も大きいということです。

現在80歳代の方の20~30代だと終戦を経て高度経済成長に向けてがんばった頃でしょうか


「リンゴの唄」(昭和21年)並木路子  
♪赤いリンゴに 口びるよ~せて~♪


「東京の花売娘」(昭和21年)岡  晴夫
♪花を召しませ 召しませ花を♪
戸川純も唄ってますよね

「星の流れに」(昭和22年)菊池章子
♪こーんな女に 誰がした♪
これも戸川純が唄っていたような …

「憧れのハワイ航路」(昭和23年)岡 晴夫
♪ハァ~れた空 そよぐ風~  ああ あこがれの ハワイ航路♪
オカッパルなんて呼ばれてた記憶が

ラジオから流れる曲と当時の生活や出来事がセットになって
そんな曲を聞くと、楽しいこと辛いこと当時の思い出と一緒によみがえるんでしょうね
ちなみに匂いを加えると、もっと昔まで鮮やかに記憶がさかのぼる効果もあるそうです。

たとえば、ある曲が利用者の思い出話を聞かせてもらえるきっかけになり、それがコミュニケーションを深めたり、さらに想起することによりさまざまな意欲を向上させることにつながることもあるでしょう

(言語聴覚士の方の論文から転載させていただきました)
症例2:訓練に意欲がわかず、拒否的なため経管栄養から離脱できない患者さんがいた。 … あるとき、『人生の並木道』という歌を聴いて兄に連れられて故郷から出てきたときの記憶が蘇り、そのときの経緯を大変熱心に筆者に話した … その後訓練に意欲的になり経管栄養から離脱した。


自分でも20代30代の時に聞いていた音楽は特に強く残っています
個人的には、ほとんどが充実したしあわせの記憶とセットになっていると思ってます

「この曲」「あの曲」を聞くとそれをリアルタイムで聞いていた時の、
インドのお香や花やスパイスの匂い、熱風のあたる感触や太陽のジリジリ感、
好奇心旺盛で自由でのびのびしている自分の姿、ドキドキな気持ちやリラックスした気持ち、
生まれた娘を抱っこして一緒に縁側から眺めた庭の景色や緑色の匂い、
彼女の赤ん坊らしい柔らかさや重さ、希望など一瞬に戻ってきます。
この感じを80歳になってもしっかり思い出せるなんてありがたいことです
そして、確かにこの記憶が以後の人生に深く影響しています(笑)

特にこれから20代30代を過ごす方は、ぜひ味わい深い思い出をたくさん作ってください^^
そうすればやがて年を重ねてからも格別に豊かな味わいを満喫できるでしょう
アメリカのJoseph LuftとHarry Ingham による(1955)理論です
(The Johari Window model とか JW だなんてテツトモみたいだ … )

「自分の知っている自分」と「他人が知っている自分」って、同じだったり違ったりする

$まるばコンティーゴの自習室-johari2

人とコミュニケーションを取る時にこの窓を通して関わるんだけど
この窓の仕切りの大きさは変えられるので
チームで仕事をする時に、思い込みや勘違いを防ぐためにも
お互いの「開かれた窓」を大きくしていくこと

$まるばコンティーゴの自習室-johari1


『開放の窓(公開された自己/open self)』
… 自分自身が気付いていて、他人も知っていること。言い換えると自分がオープンにしている部分。
(例えば、明るくて面倒見がいい、など)


『盲目・盲点の窓(blind self)』 … 他人には見えているけど、自分では気づいていない自分
(例えば、一生懸命になってると目が大きくなる)


『秘密の窓(隠された自己/hidden self)』 … 自分は知っているけど、他人は知らない面
(例えば、実は落ち込みやすい)


『未知の窓(誰も知らない自己/unknown self)』 … 自分自身も、周囲の人も気付いていない自分。
(例えば、書道なんてムリムリと思ってたけど、やってみたら楽しいし入賞しちゃった)



「ジョハリの窓」は、就職活動の自己分析にも出ました
面接や作文の自己アピールのために使うんですね 
今回検索してたらそういう使い道のためのサイトが多いことを知りました。
あけましておめでとうございます

先日の小論文、足掛け2年の大宿題になっています(笑)
だんだん青臭さに拍車がかかってきましたが、
先生の「内容より構成をまずおさえましょう。順番は多少入れ替わっても」というお言葉に甘えて…^^


(1/ 現状・状況) 

「報連相」は、「チームや組織内での伝達の基本中の基本」と言われている。それでも施
設での不祥事や事故が起こったときの記者会見で、上層部が「聞いてない」「確認中」な
どと答える様子をニュースで観る機会がある。

(2/ 問題提起)何を報連相していたのか、なんのための報連相なのか。


(3/ 理由や根拠など)

 まずはスキル以前に「こういう状態である」「何が必要か」「対処したことをいつ報告す
るか」など適切に判断、実践する専門職としての自覚や認識が足りないのではと思う。
 次にチームを組んでいる場合「誰かがするだろう」とそれぞれが思って、誰もしなかっ
た、ということも考えられる。チームあるいは上司がどれだけ全体のことを把握している
のか、「ここまではわかっているはずだ」「ここは報告しなければ他に知るルートもない
から報告すべきだ」「これは知っているはずだけど、確認の必要がある」なども考えなく
ては、ということである。
 上司やチーム内の人間関係も原因になりうる。報告した時に面倒がられたり、個人的な
感情をはさんで対応されると発信する方も報連相せずにかかえこんだり、事実とは違う報
告になったり、見て見ぬふりをする結果、気がついた時には対処しきれぬようなことになっ
ていることもあるだろう。

(4/ まとめ)

 発信する方も受信する方もそれぞれ「しっぱなし」だと報連相が報連相として機能しな
い。最後まできっちりと必要なことを伝えあい確認しあうことで双方向の報連相が成立し、
相手や自分の気づきを促すこともできると思う。「言った/言わない/言えない」「思い
込みミス」「個人的な暴走」などのトラブルや事故などの原因も防げる。
 介護の専門職はこのような意識をもって実践することで、「報連相」がよりよいサービ
スの提供に繋がるツールとなることを自覚すべきである。そしてその積み重ねは、自分た
ちのレベルも向上する形で還元されるはずだ。

_______________________

ああ字数がびっちりすぎです…とりあえずこれで提出して、添削をしていただきます
冬休みの宿題に「アセスメント」と云って
施設に入所した架空の高齢者の生活歴など情報収集し、今後の課題など作るのがあります。

かいつまんで紹介すると:
最近入所したAさんは、農家の7人きょうだいの長女として1928年に生まれ、
女学校を卒業し小学校の教員 → 結婚退職 → 子供を育て上げ → 3年前夫を看取った後は生活への意欲が低下、おしゃれも簡単な料理もしなくなる → 長男家族と同居 → この頃から口数が少なくなってきたが、10年以上飼っている九官鳥とは仲良く話をしていた → 転倒骨折で入院 → 身の回りのことをほとんどしなくなる → 長男の嫁が病気で入院 → 自宅介護が困難になり施設入所に至る

(実際はもうちょっと詳しい情報があるんだけどね)

Aさんの生まれ育った家庭のレベルとか環境など時代背景から推測したり
今の心のあんばいなんかを推し量ったりもします。

授業でも答えは無いけど

・Aさんがいくつくらいで結婚したんだろう
・女学校ってどんなん?

など、いろんな要素から考えました

当時の教育基本法なども詳しく調べた人がいて、
昭和3年生まれの女性が女学校を出て教員になるなんて
当時では超エリートコースだったようで、
しかも卒業の頃に終戦だったから、男子の数の方が少なくって、
「見合い婚」や「取り決め婚」でお嫁にいけるのは大チャンスとか
でもせっかく教職に就いたんだから、ちょっとは働きたいよねとか

今バリバリキャリアを積んでる女性の時代とは全然違うんだもんね
「結婚しない」選択なんて発想もまずなかったと思うし。
良き妻、良き母な人生でがんばってきたんでしょうね。

そこで宿題の設問の一部
「入院を期に、身の回りのことをほとんど自分でしなくなった」
「九官鳥とは仲良く話をしていた」
 …理由を考えなさい

入院中にどんどんADLが下がるのは、想像できるんだけど
九官鳥ねえ…10年以上も一緒だったってことは
亡くなった旦那さんとの思い出もあるし
旦那さんの言葉の繰り返しも聞けるかもしれない
だとしたらAさんが「旦那さんと話してる時間」もたくさんあるよね
認知の度合いは軽い方ということで、記憶が旦那さんと暮らしてた頃まで消えてるというよりは
先立たれて3年目くらいだと、心の整理をつけるにはもう少し時間が必要な状態かなと思いました。

あと考えたのは
九官鳥の話す限られた言葉数や短い文章の組み立てっぷりが認知しやすい、とか
話題が(たぶん)昔と同じなので、Cさん的に安心して「話がはずむ」なんてところかな

興味深い九官鳥の話がありました。
おしゃべり上手な九官鳥に学ぶ

【これもつづく】