④ターミナル期の介護

<ターミナル期とは>

医療の手段を用いても回復が見込めない人や、老いのために生き続けることが不可能となり、
死期が迫った人に対する最期の時期を指す。

その人が、今までと残されたこれからをどのように重ねながら過ごしたいのか、
収集可能な情報を中心に据えて積極的に創造していく重要な時期である。

一般には:
意思が「医学的な治療の効果が期待できず、命の予後が6ヶ月以内と考えられる」と判断したとき

<過ごす場の特徴>

病院と施設

• 利用者の喜びや苦しさ、不安も真っすぐ介護職に向けられる。
• 家族とのかかわりも、介護職は相談相手に選ばれることが多く、
苦情や家族の心情を傾聴し、家族の想いを受け止める立場にいる。
• 介護職は家族に育てられている …


 ◉病院
   医療職に相談したり指示をうけるメリットがある / 依存的になる

 ◉施設
   介護職が中心になって本人を支える


グループホーム

• 住み慣れた環境を慣れ親しんだ人々のいる「グループホームで最期を迎えさせたい」という家族の
希望
• リロケーションダメージの回避
• 生活者として看取りのステージへ移行、自然体に経過

在宅

• BPSDの強い時期を除けば、家族の介護力とサービスの組み合わせで在宅での看取りは可能である



<ターミナル期に起こる変化と変化へのアプローチ>

「身体の変調が次第に変わっていく感覚を本能的に気づいている」

  • 何か今までと違う
  • 身体の中で何かが起こっている
  • どうしたのだろう

__それを誰に、いつ、どう話せばいいのかがわからなくて困っている__

 • 死に向かいつつある人の尊厳に対して、介護者の態度がどのように表現されているかが問われる
   (人間性が問われる)

  • 自分の使う言葉や身体の使い方、手の動かし方から、あるいは相手の言葉を聞こうとする姿勢、
   共感、形からかんじとってもらえたかどうか …
   示し方のなかから相手が自己の尊厳を感じてくれるかどうか …

  • 尊厳の対極にあるのは「否定」である。否定は介護の中に含まれない。大切な時期、本人の一番
    近くで、生活技術の基本に本人の希望を加えて「かかわる喜び」を深めていく自分を実現して
    いくように。

身体的変化
  • 身体症状が徐々に強く出て、その苦痛に気持が集中するせいか、
  • 認知症のBPSDが目立たなくなっていく。

  • どんなに必要なことでも、介護する側が一方的に押し進めることは慎み、本人の気持に添って、
    支援するチーム体勢が必要である。(ここ大事)
 
心理的変化
  • 不安 …
  • 少しでも安楽に生活を送れるように配慮する。(この配慮は本人の尊厳に結びついている。)
  • 心理面のアプローチを続ける。どのような思いで一日を過ごしているのか、さりげない言葉から
    さぐっていく。

行動の変化
  • 体力の消耗 → 臥床時間が長くなる → 廃用症候群の促進 → 傾眠
  • 胃瘻の人のPEG抜去
  • 意識レベルの低下

  食事… 本人の意向、嗜好を優先
  身じたく… 個人の自己表現への心づかい
  口腔ケア… 食事に関係なく確認
  疼痛ケア… 「痛みは主観的である」認識
<パーソンセンタードケア> 認知症は「人」「生活」に焦点を当てる必要がある

●「人」中心のケア 

 Tom Kitwoodの提唱する認知症の5つの状態

①脳神経障害(器質的変性により引き起こされる障害) 「病気=脳神経障害」 … 医療マター

以下のこの4つに焦点
②性格傾向 (気質、能力、対処スタイル、物事に対する反応)
③生活歴
④健康状態、感覚機能
⑤社会心理学的状況(社会とのかかわり)

医療という狭い領域でなく、「人」という広い範囲で認知症ケアを考えることができるので、
これまで限界と感じていたことにも可能性を見出すことができる。

介護者が勝手にあきらめたり、仕方ないと考えたりするのではなく、認知症のどの段階でも、誰にとっても「人」と「生活」に焦点を当てて、よりよく生きることを支えることができるような考えが重要である。

●生活とは、残された能力を活かすこと

 認知症は進行する疾患である。「失われる能力」が増え、「残されている能力」が減っていくことで
 ある。しかしその変化は時間に比例するものではない。(時間に比例して変化するものではない)
 認知症の症状は不適切な環境やかかわりにより、いわば「つくられた障害」ということもできる。

「私にとってわからない状況におかれたとき、混乱します。
         しかしそれは、私にとって正常な行為です」

 身体状況の変化や、感覚に影響する環境のなかに置かれていると、それらが不安や寂しさ、悲しみ、
 心配など気持を不安定にさせる。私たちが「不思議」に思う行動は、単に病気の症状としてとらえる
 のではなく、環境やその他の要因とのかけ合わせによるサインと観ることが大切である。

また、認知機能が行動や周囲に影響を及ぼしているとき、その行動(サイン)を観る私たちが「よい行動、悪い行動」と整理・評価するのではなく、本人にとってよい状態なのか、悪い状態なのかに焦点を切り替えて考えること。(ありがちな「錯覚」としての例/認知機能の障害は「悪影響を及ぼすから正しい方向に修正しなければ」と考える件 … )

一つひとつのサインは、その人にとって「意味のある行動」と考え、
その意味を探ることが認知症介護の第一歩になる。


「なんでかなー」の前に「あら、どうしたのかしら」


(Kitwood , T.)

<認知症の一般的見方>
 障害としてみるべき。どのような症状をもつかはケアの質に決定的に依存する
 =ケアの質に影響を受ける。

<一番知識のある人>
 ケアの十分なスキルを持ち、すぐれた洞察能力を持つ介護者である。

<研究の重点>
 人間に対する理解とスキルを高めること。

<ケアに必要なこと>
 その人らしさを維持し高めることに関係している。安全な環境、基本的ニーズ、身体ケアは基本であ
 るが、それはケア全体の一部にすぎない。

<もっとも理解しなければならないこと>
 その人の能力好み、関心、価値観、スピリチュアリティ(生きていくためのエネルギー、支え)を
 はっきり理解することが重要である。認知症の現れ方は千差万別である。

<行動障害への対応>
 周辺症状はニーズと結びついたコミュニケーションの試みとしての“メッセージ”として理解しよう
 とし、その満たされていないニーズにかかわることが重要である。

<介護者の気持>
 介護者が自分の不安、感情、弱さを無視せず、「そういう自分」がいることも認める。
③後期の認知症への介護

<過ごす場の特徴>
グループホーム

介護老人保健施設
   骨折や脳梗塞などの発症から急性期を終え、入院・診療は必要がないものの、
   治療と介護が増えた場合には、元の生活の準備と機能訓練のために使うことができる。
   在宅復帰のめどが立たず特養の待機中に利用されることも多い。

特別擁護老人ホーム 
   在宅で介護サービスを受けての生活が困難な場合 複数の介護職員がチームケアの形で継続的に
   生活支援をする。

<後期に起こる変化と変化へのアプローチ>

身体的変化
  体調の認識ができなくなる

   認知症の後期になると「食べる」行動も変化する。視覚と時間による認知ができないため、用意
   されたものが「食事」で、お腹がすいたということが認知できない。食事の摂取量は減り、運動
   量も減ってくることから身体は小さくなってくる。
   細かい観察→ アセスメント/データの蓄積による分析が必要。

心理的変化
  身体の不快が大きく影響する  混乱

“おいしい”“嬉しい”“気持よい”といった感覚を呼び起こすような、単純だけれども心のこもった言葉
   のかけかたが重要である。
   認知症の人と対面するのではなく、認知症の人の「側(そば)」に寄り添う。

行動の変化
体力の低下とともに物理的な移動は少なくなるが「何かを求めて動く」行動は続く。
   行動を一連の作業としてできない。
こまかくパーツに分けてそのつど解説し、一つの動作ごとに誘導の声かけを行う。
   心理的な変化の対応とともに、寄り添う場面に十分な時間をとる
   認知症の人の時間を操るのではない。「待てる」ケアの組み立てが「安心」を導く鍵になる。

周囲の受け止め方(よくある例として)
嫁 … (意外に受容し割り切っている) 在宅介護で接する時間が多く攻撃対象になりやすい。
  長男 … (受容には困惑、行動の理解に時間がかかる)
      自分の親であるだけに思いが強い&日中働いていて接する時間が少ない。


@グループホームや
  特別養護老人ホーム → 情報の共有、同じ対応 
                      職員は交替することによりこころにゆとりを確保
@多職種協働 → 介護職員だけでは不十分な専門知識や技術の補完



「クリスマス会」って響きはなんだか昭和な感じでィイネ!

レクリエーションインストラクター資格の取得のための実習で、
東京の西エリアで行われた、熟年サークルの集まりに参加してきました。

まるばコンティーゴの自習室-クリスマス会

申し込みの時に「持ち寄りでお願いします。お家にあるものなんでも持ってきてくださいね」と言ってたのはこういうことだったのね。レクリエーションの原点です。煮物のタッパーやバスケット山盛りのゆでたまご&アジシオがどーん。「最近つくり始めたバナナケーキ」「段ボール入りみかん」などなど、ほっこりする王道のラインナップです。

まるばコンティーゴの自習室-とんがり帽子

「はい、これもかぶってね♪」折り紙のサンタとか、準備してる様子を想像しただけで嬉しくなりました。

お楽しみ会の前半は、実習生の出し物レク。

日体大から来た子達は「エーッサッサー」を披露。初めてやったけど、じんわり汗が。
同級生はグーパー切り替え体操など、「できないから楽しい^^」

自分は紐にルミスティックをつけたポイを持ってって、照明を消してぐるぐる。
希望者と簡単な技を一緒にぐるぐる。人間イルミネーションや~(ここ彦摩呂でお願いします)
100円ショップで買える材料だし、簡単につくれるので喜んでもらえました。

後半はサークルの皆さんのマジックショーや南京玉すだれ(感激)を観賞
取れた指がポロンところげようが、つながったはずの切り紙の横から切れた紙がでてこようが
全然オッケー牧場、むしろそれが楽しくてやんややんやの大喝采。

プレゼント交換のプレゼントも「100円以内のものにカードをつけて用意してきてください」
今時100円!?これがまた家にあるものや、手作り品、袋菓子をばらしたもの(笑)など工夫されてて、
準備してるところからすでにみんなのお楽しみ会が始まってるんだなーと思いました。

THE 手作り感満載のひととき、参加者が全員それぞれの「楽しむ」を楽しんでる会でした。
主催者が一番みんなと一緒に楽しんでたし(ここ大事)勉強になったなー。
②中期の認知症への介護

<過ごす場の特徴>

パーソンセンタードケアの軸 → 「今できていること」に注目し、生活の継続を図っていく
中期の認知症の人が過ごす場として大切なことは、記憶障害や見当識障害によって起こる現象にとらわ
れず、個々に可能性を秘めている力をいかに引き出すかが求められる。

場をいかしたかかわり方 … 残されている心と身体の力を発揮できる暮らしの場面をいかにつくるか
意欲を引き出すアプローチ
共同生活という言葉を大切に「和をもって輪を成す」支援

◉認知症対応型共同生活介護 = グループホーム

• 「なじみの関係」が介護のベース
• 1ユニット5~9名の利用者が共同生活
• 個々の有する能力に応じた介護 居室は個室になっていて、リロケーションダメージを軽減できる
  よう配慮される  なじみの関係 → 安心できる

◉特定施設 (指定を受けた)ケアハウス  有料老人ホーム

<ケアハウス>
身体機能の低下、高齢等の理由で、独立して生活するには不安がある人を対象。日常の生活において、自立していることを入居条件とし、居住機能と福祉機能を併せ持つ低額利用の施設。

<有料老人ホーム>
民間が主体となって設置運営する施設。元気なときから利用でき、住まいとサービスがセットになっている。
終身利用権方式、賃貸方式などがあるが、90%が終身利用権方式を採用している。分譲による有料老人ホーム類似の住宅もある。

養護老人ホームにおいても介護サービスが活用できるようになっている

<中期に起こる変化と変化へのアプローチ>

記憶障害 見当識障害 認知機能障害

状況がつかめない
不安な状態
戸惑い・焦燥感

   +

なんとかしようとする
間違って失敗する
混乱・パニック

   ↓

行動障害(BPSD)不適切な支援や環境が影響する

BPSDの現象にとらわれず、その原因や背景を考えることが不可欠である。

変化の様子 変化へのアプローチ 介護職としてのかかわり・大切にしたいこと
身体的変化
  健忘失語、感覚性失語
  失見当
    言葉だけではなく相手の状態に応じた意思の伝達方法をとる。
     (身ぶり手ぶり、モデリングなど)
     失禁や放尿は場所の失見当から起こることがあるため、トイレの明示や誘導が必要。
     排泄の失敗時においても、専門職による心配りが大切。(尊厳を守る)
     その時の状態に応じて支援の方法を変える。
     その場しのぎの支援でなく、周辺環境を見直して支援方法を検討する。

心理的変化
  イライラ 怒りっぽい  拒否  混乱
     本人の思いを理解 … 感情を汲み取る、生活歴から考える

行動の変化
せん妄 幻覚 鏡現象
  「行動には原因や背景がある」という視点を持つ→ 現象にとらわれると気づきは生まれない




①初期の認知症への介護

<過ごす場の特徴>

訪問介護(訪問介護事業所)
• 本人の慣れ親しんだ環境のなかで、同じ日程で支援を繰り返せる→ 習慣付けの手助けができる
•  訪問介護援助計画の中で援助方針を統一し、支援を行う。
•  定期的な支援 → いつもと何か違うという気づき

通所介護(相談員)
  → 通所の利用自体が外出の機会になる
• 大勢の人との交流や外出、趣味的な活動を広げることができる。
• 自宅での入浴が難しい人には、入浴の機会にもなる。
• 介護をする家族のレスパイトケアの目的も大きい。
  利用日に継続的に情報を収集し、その情報を蓄積することで、
  本人に適したアクティビティがどのようなものかが見えてくる。
  
集団の力を利用 グループダイナミクス
• 一人ではできないことも集団で行うことで意欲をひきだす
• 通所介護に出かけることで身なりに気をつかうようになる


アクティビティ 趣味や運動、生活行為を通じて心身を活性化すること

<初期に起こる変化と変化へのアプローチ>

変化の様子  変化へのアプローチ 介護職としてのかかわり・大切にしたいこと
①身体的変化
 <失見当> 食べ忘れ 暑さ寒さの感覚が鈍くなり、季節に応じた服装ができない
      • できれば家族が一緒に食事を食べたり食べたことを確認する。家族やヘルパーが食事を
        ノートに書き情報共有する。水分摂取量の記録。健康状態(顔色、排泄、また定期的
        に体重測定など)の記録
      
②心理的変化
 <近時記憶障害> うつ的
      • 「自信や意欲の喪失」を「うつ病」と間違えないように鑑別をする。
      • 本人に自信を取り戻してもらうようなかかわりをする
       • 自分でわからないのではなく、できなくなったことへの自覚がある。
        本人の不安な気持を他の認知症の人と話せる機会(本人交流会)をつくる。
      • 以前の趣味や出来ることを見つけて実行し、自信を持ってもらうようにする。

③行動の変化
  できないことを隠したり、自分で実施して混乱する。料理していることを忘れて鍋を焦がす
      • 家事などを本人となるべく一緒に行う
      • 本人が失敗しないように、本人が思い出すような工夫をする
      • 生活器具など簡単に操作できるもの、安全内容者に買い替える

   どのように工夫したら一人でできる部分ができるかを考える
      • 本人が自分で出来たという感覚を持ってもらうように支援していくことが重要である。
      • やることを楽しめたり、できることを実感できるかかわりや、ケアを行う。


相談援助関係における、7つの基本原則のつづきです

この原則は「人としてあたりまえ」と思われますが、専門職としてコミュニケーションを図る為に、「意図的に」行う必要があるものだと思います。
もちろん私たちのふだんの社会における人との関わりにおいて、役に立つ箇所もあります。
組織のマネジメントに活かしている方のブログもありました。

ついでに … 「あたりまえ」といいつつ、自分ではできてないなーと思うとこがたくさんあります。
自分たちの普段関わる人間関係では、そもそも相互理解のためのキャッチボールがうまくできてるはずだし、足りないところはいろんなバランスで補完されているから、たいした支障なくコミュニケーションが成立しているんでしょう。だからこそ、うまくいかないときは照らし合わせるチャンス!

⑤制御された情緒関与の原則
「自分の困っていること、こうしていきたいこと思ったことがわかってもらえた」

介護者は利用者のニーズ(問題や課題)と、それに対する気持ちを敏感に受けとめ、言動の裏に潜む気持ちや感情が何を意味しているかを理解して、一人ひとりに合った効果的な対応や応答をする必要があります。

・話をよく聴く。
・利用者の感情に対して、心のそこから共感し反応を示す。
・自分の感情に振り回されない。
・相手に対して生じた感情の理由を理解し、制御する。
・相手の感情表現に不愉快な反応を返さない。
・感受性をトレ-ニングする。(ここは他の回でも言われました)
・喜びや悲しみを分かち合い表現する。

利用者の感情に反応することは心理的な支えとなり、心の通い合う援助に繋がります。

「同情が相手の立場にどっぷりはまり込み、問題が見えなくなるのに対し、共感は適切な距離を置いて相手の立場や感情に想いを馳せること。」というのがありました。

例えがわかりやすくて、「川でおぼれている人がいたとして、同情するのは同じ苦しみを自らも背負い、一緒に沈んでいくのに対し、共感は苦しみは苦しみで、その苦しみを想い、その苦しい気持ちを想い、だけど、一緒に沈まずに岸、もしくはぎりぎりの所から、綱や浮き輪を投げてあげる … 」


⑥秘密保持(守秘義務)の原則
「私のプライバシーは守られている」

 利用者の個人情報やそれに関する秘密を守ることによって、その人との信頼関係を得るものです。
また秘密(プライバシー)が守られることが保証されることにより、はじめて「意図的な感情表出」も可能なります。

・利用者の生活にかかわる時は、その利用者のプライバシーや家族に関する情報を見聞きする。
・↑ということは、他の利用者の話をしない。(これ大事)

⑦個別化の原則
「パターン化されず、私を一人の人間として、個人として認めてもらえた」

「アルツハイマー性認知症だから」って全員同じかえええ?
そういう風に「寝たきりで外出の機会が減っている」「左片麻痺で食欲が低下している」「あーそういう方いましたいました介護できます」とはならないと思いますが。
様々な生活歴や人生を経た個人としてその人を尊重した援助をする考えですね。


「マジリスペクト」って言葉たまに使うけど、一人ひとりの存在がリスペクトされることが大前提だね。
「バイスティックの7原則」とは、相談援助関係における、援助者が修得しておくべき7つの基本原則です

自分がケアをする人に「~」と感じてもらうためには

①自己決定の原則 
「自分の意志で決めることができた」

自分の意思と能力によって、問題解決に取り組むように働きかける

・落ち着いて考えられる環境
・わかりやすい情報の提供
・具体的な選択肢
・決定しやすいような、質問しやすいような声かけ

②意図的な感情表出の原則
「自分が困っていることを安心してかつ、そのことを自由に表現できた」

自分の感情を自由に表現できるよう、意図的に関わる
“不安”かもしれないし“怒り”“恐れ”“後悔”“悲しみ”かもしれません。また、そうした感情にとらわれて終わるわけではなく、“嬉しかったこと”や“安堵”“将来への期待”や“希望”もあるでしょう。言葉にならない部分でも感情を表すことがあります。自分の気持ちを表現することが得意ではない人もいるし、介護を受けることに対し深い遠慮があり負い目ももっていることもあるでしょう。日本人特に現在の高齢者には時代的背景からもそういう人が多いといいます。表情やしぐさなど非言語的な感情表出も援助するものとして観察、配慮することが求められます。

様々な感情を「表に出す」ことによって、利用者自身のカタルシスをもたらすとともに、自分自身の本心に気がつくことが可能になるという効果もあります。「そのときにあなたはどう思いましたか?どう感じましたか?」という、コミュニケーションを行うことで利用者の「その時」の「それに対する」感情を引き出していきます。従ってこの原則を実践するためにはコミュニケーション技術と、それを可能にするための利用者ー介護者関係が必要です。

・その人が話しやすい雰囲気を作る
・いつそれを実行するかのタイミングは慎重に (「さあどうぞ」と両手を広げるもんじゃないしw)
・↑だからこそ信頼関係が大事なんですね そして接している時間の長短だけではないと思います
・利用者に対する感情を(介助者自身が)コントロ-ルする。
・利用者と同じ立場に立った共感的な態度を示す。


③非審判的態度の原則
「『それは間違っている』などの審判的な態度がない」

利用者の行動や思考に対して「介護者は善悪を判じない」とする考え方。利用者の行動や思考を、介護者自身や世間の常識で善悪を判断してはいけない、価値観の違いを押し付けない、と言うことです。判断することなく「受け入れる」ことで受容が成り立ってくるもので、受容と非審判的態度の原則は表裏一体のものであります。

・「家族なんだから … 」「娘なのに … 」「常識的に … 」なんて言いがちですよね
・ 客観的に評価・判断を加えるが、利用者自身については審判することなく受け入れ理解する
・ 起こっているそのものから、「そのもの」をまず認める


④受容の原則
「自分のあるがままを受け入れてもらえた」

受容とは、その利用者がどのような行動、態度、価値観、感情などを示しても、それを現実の姿として、あるがままに認め受け入れることを意味しています。利用者の安心感へ繋がったり介護者を信頼する入口になるわけです。信頼関係が深まれば、相手も素直な自分をもっと自由に表現しやすいですよね。

・その人を好きになる
・(それが大変だったとしても)その人に興味を持ち、好きなところを見つけていく

社会福祉系と思われる方のブログに<受容の妨げになる8つのポイント>というのが引用で述べられていました。(「8つもあります。でもおっしゃるとおりです。」とコメントされてました)

「クライアント」「ワーカー」とありましたので「利用者」「介護者」と置き換えてみました。

1/人間行動に関する十分な知識を持たないこと
2/介護者が自己を受け止められないこと
3/自分の感情の責任を利用者へ転嫁すること
4/偏見と先入観に支配されること
5/口先だけで励ますこと
6/受け止めることと許容することを混同すること
7/利用者に対する敬意を失うこと
8/利用者に過剰同一視すること

(つづく)
今日の授業では、「ヘルプマン」を教材にして
認知症高齢者を在宅介護する家族をテーマにした話を、まずそれぞれが読み、
4人ずつのグループワークで家族のそれぞれのかかえている状況をあげていき、
そこからみえる問題を詰めていきました。

それからクラスの学生が
「認知症のある高齢者・おじいちゃん(舅)」
「夫(息子)」
「妻(息子の嫁)」
「娘(三人姉妹の末っ子)」になって
それぞれの本音を考えて発表しました。

今回の内容は、一人で介護を担う嫁の孤立無援で果てしない介護生活や、嫁が過労で入院したあと、残された家族が初めて介護の現実に直面して大混乱に陥るさまを、排泄物や暴力も含め、リアルに描かれていました。

昔は堂々として立派だった父親のどんどん老いていく姿を受け入れられず、介護は妻に丸投げし「仕事」に逃避する夫。これまでの家事に加え介護をすべて背負い込み、自分のための時間も持てず、その苦労を夫には他人事のように励まされる妻。
子供達も母が忙しく介護する姿や、「だらしない姿」なおじいちゃん、なんとなく重苦しい雰囲気の家庭にに寄り付けず、みんなが自分のことを忙しくしてバラバラになっていきます。

認知症の理解がもっとあれば
大変な時にお互い歩み寄れれば
少しずつでも分担できれば
現実に向き合って、状況を受け入れられれば
近所付き合いや社会資源の情報がもっとあれば
家族一人ひとりをもっと思いやれれば
「助けて」と素直に伝えられる関係があれば  等々

それぞれのかかえこんでいる「さみしい」「つらい」「めんどくさい」「私ばっかり」「何度も何度も」「きつい」「いつまで」「いやだ」「申し訳ない」「なんで」「恥ずかしい」「悔しい」「情けない」  …  が 解消されていくのではと

今回のケースでは、やはり夫と妻の関係が大きいと思いました。
確かに夫も立派だった父親の老化や認知症による変化という現実を受け入れるということは
切なく辛いことでしょう、多分本人も分かっているんじゃないかな。
あんまり偉そうなこと言えませんが、
夫婦のコミュニケーションがこれを機会に深まると
力を合わせて乗り越えられることも増えそうですよね

おじいちゃんの元気だった頃の思い出は、家族みんなが持っていました。
授業では、このストーリーの結末までは渡されませんでしたが
きっとヘルプマンが素敵なアドバイスをして
家族がまとまり、おじいちゃんも一人の人間として
幸せに生きていけるようになったと思います。続き読みたいなあ。

適応機制を調べたりまとめていくほどに、私たちのこころのしくみはよくできてるなあと感じます。
たくさんの例を見ていくと、日常での人との関わりの中でフツーにある話も多いもの。

ほどよく機能していれば、いろんな場面での壁や山や痛みなどを乗り越えて豊かな人生を送れるんですよね。そして、このしくみを理解すれば表面的に「なんでこんなことを言うんだろう?」「なんでこんな行動をするんだろう?」って時に、奥の奥にある本当の気持ちを知るきっかけができそうです。

<抑圧>
授業の講師いわく「これが適応機制の核」「神経症の原点」だそうです。

自分自身が受け入れられない考え方や感情、記憶を無意識に否定し、なかったこととしたり、無理矢理忘れようしたりする。特に倫理的に禁止された欲求、もしくは性的な欲求が抑圧されると考えられている。

意識より深い心の深部――前意識や無意識にまで押し込められてしまうので、基本的に思い出せなくなってしまう。思い出すには努力が必要であり、それほど悪い観念でなければ簡単に思い出せるが(前意識からの思い出し)、最も強い抑圧は無意識にまで押しやられているので、基本的に思い出すのは困難である。

カウンセリングのサイトで見つけた記事が分かりやすかったので、紹介させていただきます。

 無意識化されるとその心の問題自体、体験している本人は気がつかないことが多々あります。
例えば、職場で上司から怒られた場合、部下はその上司に対して反撃したいのですが、それでは会社生活は送れません。そこで、その攻撃性を感じる前に無意識へと追いやることによって上司の叱責を平然と受け入れるのです。
 また、子供が常に親から叱責されている場面を考えてみましょう。子供はその家庭で生き残るために、親の叱責を受け入れるのは当然と、叱責からくるすべての感情を抑圧してしまうかもしれません。
自分の感情を抑圧し続けるというのは、自分が何を感じているのか等慢性的に分からなくなり、また、自分のことを自分で考える能力、意志決定能力の欠如等、人生の様々な局面で生きている実感を喪失する事態になるかもしれません。

<反動形成>
「抑圧」した考えや感情と正反対のことをする「防衛機制」
意図的にやっているわけでなく(作為的でないという意味)意識レベルは別のところにあります。

好きな人に対して、(その思いを抑圧したために)しらんぷりをしたり、逆にいじわるしたりぶっきらぼうな態度を取ったり、なんてよくあることだけど、そんなのが身近な反動形成の例です。

相手に敵意を抱いているのに逆に親切にしたりするのもあります。ネットで見つけた例です。

*上司を嫌っている部下がいます。その嫌悪感をより強く否定する方向へ心理的メカニズムが働きま
 す。つまり、自分自身は、その上司を慕っている、尊敬していると思いこもうとするわけです。
 こんな場合、神経症的な不安から逃れるのが目的ですから、上司への慕い方や尊敬の仕方が、不自然
 な形で現れます。たとえば、ひどくていねいな態度で接したり、不条理に満ちた命令でも、喜んで引
 き受けたりします。ほかの人に対しても、上司のすばらしさを必要以上に強調します。

 特に、上司に対する非難や中傷には敏感です。自分自身が「抑圧」している嫌悪感を刺激されてしま
 うからです。そんな場合、上司に対する非難や中傷を、徹底的に否定するようになります。

「反動形成」は、不自然な形で現れる場合が多く、その思考も行動も強迫的になりがちです。


授業で講師の説明した例を整理します。
*ある母子の関係*

子供が 望むとおりに育たない
    望んだ子ではなかった
    好きな人との子供ではない などの状況で

「こんな子いらない」
「子育てがいやだ」 なんて思ってしまう

→ 自己嫌悪 → ここで自己嫌悪の裏返しで
 → 猫かわいがり(母本人はその過程に気がついていない)
 … 子供をかわいがることにより、辛い気持ちの自分をかわいがってバランスを取っている

子は子で親の愛情に対し、「何か変」「なんかしっくりこない」「安心できない愛情」と
不自然さを感じ、親への愛情にブレーキをかけるようになる→愛情が愛情として機能しない

ここでもポイントは「不自然(猫かわいがり)」なところでしょう。どこまでが自然かというのも受け取る方のものさしによって違うかもだけど、「常軌を逸した」ってのはあるよね。