(昨日の投稿より続きます)

・捜査開始

 朱令 が長期間入院し生死をさまよっている間に、所属していた 清華大学、そして 朱令 が住んでいた 女子寮 でもいくつかの奇妙なことが起こっていた。
 朱玲 が入院して間もないころの 1995年 3月末、朱令 の同級生の女子から 父親・呉承之 に電話があり、「朱令がパンを残していきましたが、我々何人かで食べてしまいました」 とのことであった。

 朱令 の 中毒ケース が 刑事事件化  したとき、朱明新 はこのことに関し、陳震陽 教授 が言った言葉を思い出した。
「タリウム は無色無味なので、パンの中に忍ばせても分からない」

 正式に捜査が開始されたのちに、父親・呉承之 は記者を前に回想している。
「今になって考えれば、あきらかに 証拠を破壊することを目的にしていたとしか思えない」


 朱令 のタリウム中毒が断定された直後の 五・一休暇 (メーデー休暇) があけた 1995年 5月7日、北京市公安局 は正式に捜査本部を設置し、刑事事件として捜査を開始した。 しかし捜査が開始される直前の連休中である 4月28日 から 5月7日 の間に、朱令 の住んでいた寮で奇妙な盗難事件が発生していた。
 朱令 のコンタクトレンズのケース、口紅、シャンプー、ボディローション、カップなど身の回り品をふくむ トイレタリー・アイテム が紛失したのである。
 正式に捜査が開始された 5月7日、寮を調べに来た民警が、朱令 の両親に 「お金がベッド付近の床に散らばっていた」 と伝えた。 またのちになって、清華大学 の教員が 朱令 の両親に 「学生らが掃除したとき、朱令 のカップが寮のベッドの下で発見された」 と伝えてきた。
 この時、朱明新 は 「タリウムを混入した犯人が犯行現場を破壊したかったのではないか?」 と疑った、という。
 

 5月7日 になって 朱令 の両親は 清華大学内派出所 から事情聴取に応じるよう求められた。 この時になって両親は、事件を 清華大学警察署 と 北京公安局 14處 が担当していることを知った。
 

 タリウムは劇毒化学品である。 中華人民共和国 《極度有毒物質の級・分類と製品番号》 (1993年 10月1日版) によれば タリウム と シアン化物 はいずれも クラスA に分類されている。

 公安局関係者によれば、「北京市で 職業上 タリウム と タリウム塩 を使用する必要があるのは (工場などを含め) 二十数ユニット であり、タリウムに接触できるのは 二百人強 だけである」 とのことであった。

 警察はまた、朱令 本人がタリウム または タリウム塩 を使用、もしくは接触した可能性を排除し、また 朱令 の家族、親戚、友人がタリウム塩と接触したことも否定した。

 朱令 の家族が委託した 二名の代理弁護士 の一人、張捷 は 「警察から提供された情報によると、何者かが故意に薬物を混入したのが 朱令 の中毒事件の真実の原因である、とのことです。 つまり背後には犯人がいるということです」 と捜査情報を吐露した。

 さらに内情をしり、数十年にわたって犯罪と向き合ってきた経験を持つ 北京市公安局 の警官・王補 は 「容疑者の範囲は非常に狭い」 と推測し、さらに 清華大学女子寮 の厳格な管理から考え、「朱令 のごく身近に犯人がいる」 と断言している。



 王補 は専任で 朱令 の両親に接触し、加害者が持つべきいくつかの条件を思い出させようと努めた:

 1995年 2月20日 から 3月3日 までの間の 朱令 の飲食、日常生活に接触でき、悟られずに薬物を混入できた者・・・

 そして、朱令の生活規律、生活習慣を熟知し、行動パターンを熟知して薬物混入の機会をうかがえる者・・・
 タリウム塩の毒性を理解でき、タリウム塩に接触できる者・・・
 犯行動機がある者・・・
 異常行動癖がある者・・・
 

 実は 朱令事件 が刑事事件として捜査されることになってはじめて、学友から得られた情報もあった。
 王一風 (仮名:事件の犯人として ある女子生徒に疑念を持っている 朱令 の同級生) は 《羊城晩報》 の記者からインタビューを受けた際、その詳細を以下のように語っている。

 

 1994年 9月 に新学期が始まって 一ヶ月ほどした 10月に、朱令 は 二度にわたって目を患い、視力を大きく損ねていた。

 翌月 11月24日 に腹痛を訴え 食べることもできなくなり、12月5日 には胃の異常を訴えながら民楽隊のコンサートに参加した直後、頭髪が抜け落ちている。 そう考えると、事件と関連があった可能性は否定できないはずであった。
 

 王一風 の証言によれば、10月のある日、朱令 は突然に目の異常を訴え、数日にわたって眼がぼやけ ほとんど目が見えなくなり、校医の眼科で検査を受けても 原因は不明だった。  数日たって徐々に回復したが、しばらくしたのち 再度同様の事態が発生したという。
 その時は 朱玲 も軽く考えず、清華大学 指定の 北京医科大学 第三病院 眼科 に行き診察を受けたが、眼科の専門医にも原因が分からなかった。


 王一風 は、この時の眼疾を、「何者かが 朱令 の コンタクトレンズ の 保存液 または 消毒液内 に毒物を混入したことが原因で引き起こされたのではないか」 と分析している。

 当時 朱令 が眼疾以外に、全身の痛みや脱毛などの他の症状を持っていたかどうかについては言及されていない。 朱令 は我慢強い性格だったので、多少の異常では他人に相談しなかったかもしれない。

 

 タリウム中毒 が失明を誘発することは前述したが、これは タリウム が血液循環中に網膜に触れ 視神経を損傷するためであり、では 眼球 が タリウム と接触した場合、どのような反応が起きるだろうか?
 眼球の炎症、腫れ、痛み、コンタクトレンズの着用が出来なくなる程度で済むかどうか?
 

 アメリカ疾病予防治療センター のウェブサイトには 「眼球 が タリウム と接触した場合、局部あるいは全系統の影響は発生しない。 軽度の 局部刺激 が発生するのみである」 と書かれている。
 

 王一風 が証言する 朱令 の症状がここでいう 「軽度の局部刺激」 に該当するかどうかわからないが、微量の タリウム を コンタクトレンズ の 懐中ケース内 に仕込まれたか、他の薬物を混入された可能性がなかったとは言えない。

                                             (明日に続きます)