災いだ、主を避けてその謀を深く隠す者は。彼らの業は闇の中にある。彼らは言う。「誰が我らを見るものか/誰が我らに気づくものか」と。

   イザヤ 29章 15節

イザヤが預言者としての召命を受けたとき、人々は神のことばを聞けば聞くほどいよいよ心をかたくなにし、耳と目を閉ざすであろうと言われたことが、事実その通りになりました。

隠れて物事を行なうときに私たちはいつも、誰も見ていないから、誰も知らないから、と言う口実はよく聞くことです。

 

人の目は水平方向に向きやすいため、天から、上から見ておられる方を忘れているのです。

 

神は全知・全能な方です。全てを知り、全てを見ておられ、良きにつけ、悪しきにつけ、その業に報いなさるのです。


この人たちに対して主は、「ああ、あなたがたは、物を逆さに考えている」と糾弾しています。

 

これは粘土が陶器師に向かって、「あなたは信用できない」と言っているようなものです。

 

神の助言を拒絶して、自分の思いや考えで将来を導こうとしたことは、神の民としては逆さまなのです。